「君に会うまで、僕は孤独しか知らなかった。」
放課後の教室。
生徒は一人もいない。
まばらな教師は、すでに帰宅を始めていた。
この教室には、きちんと整えられた机や椅子が整列している。
花京院が小さく呟いた声は、俺にしか聞こえなかった。
花京院は、静かに俺の占領する机の前にある椅子に座った。
ギッと、木の軋む音がして、それから小さなため息が聞こえる。
「眠っているのかい?」
俺は返事をしなかった。
机に俯せた自分の腕から机を見ると、薄い木目が長年慕われて来た証拠の様に深く、濃く感じた。
花京院はもう一度小さなため息をついた後、ぽつりと話し出した。
彼は、動き出せ無い俺に小さく語りかける。
「君に会うまで、僕は仲間を知らなかった。」
花京院は、細い指で机の傷をなぞる。
誰かがナイフで切り付けたであろうその傷は、深く生々しい。
「だから、あの戦いは、僕にとっての唯一の思い出だよ」
今も代わらず残る瞼の傷痕も。
腹に開いた深い空虚も。
全部が愛おしく、切なく、必要なことだと思った。
「僕の居場所を、君がくれたんだ。」
花京院は俺の頭を柔らかく撫でた。
彼は自分を、頑なで、骨ばかり強固な男だというけれど、それでも、優しく頭を撫でる彼は母親のように柔らかかった。
「僕は君に感謝してるんだよ?」
「大袈裟だ。」
やっと搾り出せた言葉は、薄く、掠れて消えた。
誰がお前を救ったとか、誰がお前を助けたとか。
そんなのはただの偶然で、そこに大層な意味等ないと思った。
伏せた顔を上げずに、俺はまた机を見た。
腕の隙間から、薄暗い冬の光が差し込んでいた。
「起きてるんじゃないか。」
花京院は言って俺の頭から手を離した。
心地のよい圧力は消えて、頭上はどこか薄ら寒い。
「いつから起きていたんだい?」
「最初からだ。」
俺は顔を上げて、花京院を見た。不思議そうに歪められた花京院。薄く残る瞼の傷痕。
緩く残る怠惰。
「まるで昔に戻った見たいだ。」
規格外な自分の身体に、この机は小さすぎる。
それでもここに腰掛けた瞬間に、懐かしい香りが溢れた。
「ああ、そうだね。そうだね承太郎。」
花京院が、厚い雲に覆われた空をみた。光が雲を反射する。
今にも泣き出しそうなのは、空よりも、花京院の顔のほうだった。
きつく歪められた顔は今にも泣き出しそうなのに、花京院は酷く眉を寄せて、まるで怒ったような顔をしていた。
「随分、長い時間がたったんだ。」
花京院は相変わらず眉を寄せたまま呟いた。
カタリと音を立てて立ち上がる。
「長い時間が経ってしまったんだよ、承太郎。過去には戻れない。」
酷く不器用な言葉が頬を撫でる。
放課後の教室に、10年前の自分は何を思っただろう。
何を見て、何を愛しただろう。
だから、あの戦いは、僕にとっての唯一の思い出だよ
花京院の言葉は余りにも深く浸透する。
世界は回っていく。過去には、戻れない。
「なあ、花京院。」
窓の外は、気がつけば白い雪が舞い散り始めていた。
俺は机に置いていた帽子を被る。それはあの頃と違い、白を貴重としたものだ。
「三年後を、予想しよう。」
十年経った今も、あの頃から変わらずに。
END
時間軸は、読んでいただく方にお任せしようと思うのですが。
典明復活その後、懐かしい母校に帰って来て…という空気で