泡になるからそこで見ていて



「カムイ様,失礼します。」

コンコン,と控えめなノック音を鳴らすと返事は帰ってこなかった。いつもならあの優しいお声で返事がすぐに帰ってくるはずなのに。

「カムイ様?…いらっしゃらないのでしょうか…?」

再び扉を叩くが何も聞こえない。
…先日のディーアの件もあって何だか嫌な予感がした。

ディーアは致命傷だったが今は何とか体調が落ち着いてきている。フェリシア、そしてサクラ王女の回復術のおかげだ。……治療する場でも、杖を持っている筈のカムイ様は冷えた目でその様子をただ見ていた。



ここ数日…いや数年前からカムイ様の様子がおかしいこと等目に見えてわかっていた。
だがそれは暗夜で共に育った兄弟を亡くされていて傷心されているから,だと思っていた。思い込ませていた。



でも,本当はそれだけじゃない事も、わかっていたのだ。



俺が、あの方の気持ちを、見てないフリをし続けたせいでもある事は気づいていた。

一度息を吐いて、無礼と分かっているが心を決めて、ドアノブに手をかけると難なく扉は空いた。

「カムイ様……?失礼しま……」

す、その言葉を最後までいいきる前に俺の体が突如硬直した。この感覚は、覚えがある。


これは…!

"フリーズ"
暗夜のみ存在する上級の術。回復に長けた者しか使えない,相手を拘束する術だ。身動きの取れなくなった体で術をかけられた方を睨み付けると部屋の奥から現れたのはカムイ様で、彼女はフリーズの杖を片手に微笑んでいた。


「カムイ様……!!?」

「ふふ…こうして二人で対面してお話するのはいつぶりでしょうか?」

柔らかく微笑むカムイ様の手にはやはり何度見てもその杖が握られていて,俺のこの拘束はカムイ様がかけた事は一目瞭然だった。動けない俺の顔にカムイ様の白く柔らかな手が添えられた。

「何故…このような事を…」

「だって,貴方が」


私を見てくれないから。

笑顔のまま一筋の涙を流す彼女は見ていて痛々しい,
それほどまでに,俺が追い込んでしまっていたのだ。

「…ディーアのことも、私のせい…だったのですね…」

「え?…ああディーアさん。貴方の息子………。貴方と、あの人の…息子さんですね」


カムイ様はふふ、と可憐に笑う。
それは、俺が好きな笑顔のはずなのに何故かその笑みには心が冷えていく。



「要らない、って思ってしまったんです」

「え……?」


「だって、ディーアさんは私の好きな人……と、"あの人"の愛の証でしょう?」

だから、いいんです。
そう言ってまた笑うカムイ様に、俺は、自分の罪を思い知った。違う。違う、違う!!俺の、俺の知っているカムイ様は誰かが傷ついて笑うようなお方ではない!俺の慕うカムイ様は他者を好んで傷つけようとしない!
ああ……俺は、こんな、になるまでなんで見ないふりをしてしまったのだ。自分の愚かさに涙が溢れた。すると彼女は俺の頬を撫でながら「人魚姫,ご存知ですよね?」とにこやかに言った。


「にんぎょ、姫……」

「王子様に見つけて貰えなくて最後は泡となって消えた可哀想な姫。

わたし、も………出来ればジョーカーさんが昔読んでくれた本のお伽噺のようなお姫様が良かった」

でもそれはもう叶いませんね。


待て、待て。待ってくれ。彼女は何を言っているんだ。



「私は姫は姫でも,一番悲しい人魚姫にしかなれませんでした。でも,泡となって消える位なら貴方に私という存在を刻み込んで消えます」

「何を……っん」

俺が言葉の続きを発する前に彼女の唇が重なった。
これで二回目の口付け。だが、前も、今も、愛という感情には程遠い、ただの接触にしか感じられなかった。


「好きだったんです,愛してるんです」

でも貴方のオヒメサマは私じゃないから


彼女は,動けない俺の体から少しずつ離れていく。
半歩下がった彼女の手には俺の腰に携えていた暗器が握られていた。


……ああ、殺されるのか。それがカムイ様を狂わせた俺に対する裁きならばそれを喜んで受け止めようと覚悟を決めた時、カムイ様は微笑んで、くるり、と暗器の向きを変えた。


「ふふ、私が
ジョーカーさん(王子様)を傷つけられると思いますか?」

俺へ向けたナイフ を 自分の向きに











一気に血の気が引いた気がした。

「カムイ様!お止めください!!カムイ様ッ!!」



何をする気か分かってしまった。微笑む彼女がどんな罰を望んでいるのか察してしまった。やめてくださいやめてくださいッッ!!やめてくれ!!!!やめろやめろやめろ!!やめろッッッッ!!!!



「嗚呼…ですが最後に…」




カムイ様は俺の,好きな人を幸せにする笑顔を向ける,と



「叶うならばもう一度ジョーカーさんの
紅茶が飲みたかったなあ」



























「愛して"ました"よ。私のジョーカーさん」








戦場で散々聞いてきた肉を断つ音と
それと同時に舞った赤が,俺の目の前で無情に広がった。




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