はとぽっぽ [ 86/156 ]
ベルベットが眼前の門を睨み付けるように立ち止まる。ロクロウに「顔、硬いぞ」と言われるがその鋭さは消えていない。
自然にかわせばいい、とアイゼンが先にローグレスへの門を潜るとそれにエリアス達も素知らぬ顔をして続いていこうとした。
…………が、そう思い通りには行かない。
一人の王国兵がベルベットを呼び止めたのだ。
「そこの黒コートの女、"手形"を見せてもらおう」
「えっと……」
「どうした?聖寮が旅人に発行する通行手形だ」
食い気味にベルベットに詰め寄る兵士を見て、アイゼンが背後でキンッ、とコインを回した。ああ……これも彼の呪いかな?とエリアスが呼び止められたベルベットを振り返る。
いつもぶっきらぼう(ロクロウ曰く)なベルベットに当意即妙な対応は出来るはずもない。ましては彼女は可愛らしく愛想を振りまいて誤魔化すことなど最も苦手なタイプだ。言い淀むベルベットが右腕の仕込剣を引き出そうとしたその時だった。
「この未熟者〜っ!」
「っ!!?」
ニヤリ、と笑ったマギルゥがベルベットの元に駆け寄り、彼女の後頭部をすぱん、と叩いてくるりと回る。
「奇術団見習いの基本はニッコリ笑顔と教えたじゃろーが!!」
「奇術団……?」
「……話を合わせろ」ぷんぷん、と怒りながら腕を組んでベルベットをその怒り顔の下で嘲笑うかのように始まったのはマギルゥの即興芝居だった。その思惑に気づいたアイゼンがエリアスにそっと近づき耳打ちをする。
「なる……ほど…でもマギルゥ……余計なこと……いいそう」
「……確かに悪目立ちし過ぎてる。注目を集めているな」
ザワザワガヤガヤ、街の入口で繰り広げられる「奇術団」達のやり取りに人々の視線が集まっていく。その事に気を良くしたのかマギルゥはまたニンマリと笑って声高らかに語り始める。
「ご覧の通りくせ者揃いの我が一座。その名も"マギルゥ奇術団"と称しまする〜」
「式典の余興か?」
「タコにもその通り!ほれ、イズルトの独特な色気をもつ踊り子もおりますぞ〜!」
「えっ……と、踊り子……?です……」
ほれ、とマギルゥに即される様に前に出てくるり、と回る。腰のリボンがあとから追うようにふわりと舞う姿を見て兵士は一度頷いた。
「……確かに。その女の肌の色を見るにイズルトの出のようだがその黒コートの女は?」
「いやはや、こちらは我がバカ弟子です!たいへん失礼いたしました!ほれ、兵士様のご不審をとくのじゃ。お前の得意芸、ハトを出して見せよ!」
「は?!…………っすみません師匠、……仕込みを忘れました」
完全に虚をつかれたベルベットを見てマギルゥの口角が上がる。鋭い視線をマギルゥにぶつけるが一向に取り合う気配もない。兵士が訝しげに見つめてくる為諦めて適当に取り繕うがマギルゥの暴走はまだ止まらない。
「な、な、なんと情けないやつじゃ!芸の道をイカに心得おるか〜!!」
「待て……こんな所でハトを出されても困る」
「ハト……?って?」
「鳥の一種だ。リアは見たことないのか?」兵士がマギルゥの芸に対して飽きれ声を上げた。その様子を踊り子、役のエリアスが首を傾げているとロクロウが街中にも結構いると思うぞって半笑いして事の結末を見守る。
「いいや、勘弁できませぬ!!お詫びに、ハトのモノマネをせいっ!」
「な…………!!?」
無茶振りを絶句するベルベットに畳み掛ける様にマギルゥは口を大きく開けて
「ハ・ト・マ・ネ!!」「く…………ッ!
ぽっ、…ぽ……」
手を口の前に突き出し、小鳥のようにベルベットがさえずった後、顔を真っ赤にして俯いた。
「鳩って……ぽっぽって鳴くの?」
「やめておけエリアス、業魔手が飛んでくるぞ」アイゼンも口元抑えて笑ってるし……とエリアスが後ろをチラリと見た時、マギルゥが手を空高く上げると本物の鳩が空を一斉に舞った。
「おおっ……あれがハト……」
「くるっぽー、って鳴いてたろ?」
「斯様に泣く子も笑うマギルゥ奇術団!ローグレスの皆様にごあいの一席でございました〜♪」
バサバサと飛び去っていく鳩を目で追っていると兵士が集まっていく観覧客たちに痺れを切らし、「こんな所で宣伝をするな!さっさと散れ!」と手形、の事なんて忘れて皆を散り散りにしていく。
「かしこまり〜♪」
「あとで……覚えておきなさい……」かくして、一行は何とかローグレスの街に入ることが出来たのであった。
🌻
「ははは!中々の手口だったなマギルゥ!」
「あんな子供騙しは今回限りポッポ〜!」
「っ……」
「おお……怖い怖いポッポ〜……」
ニヤニヤと笑いながらロクロウの背に隠れるマギルゥを睨み続けるベルベット。その様子を見て先ほどを思い出したのかライフィセットは「ハト……すごかった!!」と一人先程の様子を思い出して笑っていた。
「……その子供騙しで入れた。王都も大したことないわね」
「それだけ守りに自信があるんじゃろうて」
マギルゥ達が王都の戦力について、?……話している中、ガヤガヤと人が賑わう通りにあっちへこっちへ視線をさ迷わせる。こんなに賑やかなのは、初めての場所だ。
「すごい……人……食べ物……も、いっぱい」
「……あまり離れるなよ」
「う、うん……あっ……チュロス……?チュロス……」
「……買ってやるからフラフラするな」
ほら、と渡された棒状のお菓子受け取ると、アイゼンは再びマギルゥ達と王都の戦力の情報を話しあいに戻っていく。
難しい話は分からない、とはぐれないように後ろから無言でついて行く。
「奇術団の美しい人、貴女のお名前は?」
「ふぉ、……ん?」
もぐもぐとアイゼンに買って貰った棒状のお菓子を頬張っていると後から声をかけられた。
見たこともない男に誰だろうと、思うが「奇術団」と言っていたからさっきのぽっぽを見ていた人かなとチュロス飲み込んで「なに……?」と聞き返した。
「ああ……!間近で見ると尚美しい……!小麦色の健康的な肌に美しい瞳……あなたはイズルトの出なのですか?」
「い……ズルト……」
先程もマギルゥが言っていた、どこかで聞いたことがある、名前だ。何故かそれを聞くと頭が痛くなる、けど。失った記憶に関係しているのかな……と呑気に考えているとチュロスを持ってない方の手を取られた。
「是非お名前を……!そしてぜひ一緒にお茶でもいかがでしょうか?!」
「ぅ…………あ、アイゼン達と離れたらダメだから……」
この人と話していると、アイゼン達とはぐれてしまう、と後ろを見れば案の定少し距離が離れている。後を追わなきゃ、と手を振り払おうとしたが中々離してくれない、
「はな……して……!」
「ならせめてお名前だけでも!」
手首を掴んで離そうとしない男に「怖い」と思った。どうしよう、どうしよう、またアイゼン達と離れてしまう。でもこんな所で術は使えなくて、でも振り切れなくて、と自分でもどうすればいいか分からないくらい困惑していると「何をしている」と聞きなれた……よりだいぶ不機嫌さが増した声が背後から聞こえた。
「アイゼ、ン……この人が……離してくれなくて……」
「てめぇ…………」
「ひッ……!」
アイゼンは、とてもおっきいから威圧感、がある。ってベンウィックが言っていた。男はその威圧感を感じたのか小さく悲鳴を上げて慌てて逃げていった。
はぁ、と背後からため息を吐かれて、「ごめんなさい……」と謝る。
「……お前は悪くない。があまり離れるなと言っただろう」
「……う、ん人混み、すごくて……」
あと美味しいものがいっぱいだから……と正直に色々なものに目を奪われていた事を言うと「後で買ってやる」と頭を撫でられた。
「ん……ごめんなさい、……ちゃんとついて行く……あ、そうだ……」
「おい、……」
「こうすれば、迷子?ならない……」
「……好きにしろ」
先程からすれ違う人々がそうしてるのを見た。ので真似てアイゼンの手を握る。なるほど、人はこれではぐれるのを阻止しているのかと納得して少し力を込めた。
でもなんで皆これを男の人と女の人でしかやってないのだろうか……?アイゼンとロクロウの二人がやっていたらおかしい事、になるのかな?
「目立つなって言ってるそばから……」
「さっきの奇術団の地点で騒がしくしないのはむりぽっぽ〜」
ずんずん、と私の手を握り返して突き進むアイゼンに続くマギルゥがベルベットに殴られていたが仕方が無いと思ってしまった。