大切な名前 [ 82/156 ]
エリアスが戻ってきた事により、今まで海門と距離を離すために動いていた船員達が慌ただしく船の修繕や補強へ回る。波は落ち着いて来ている為、後は羅針盤の通りに進めばじきに王都ローグレスに着くだろう。
「しっかし人魚かぁ世の中には色んなやつがいたもんだ」
「お前がそれを言うか」
ベンウィック達が連れてきたダイル、と名乗ったトカゲ型の業魔がエリアスを眺めて頷く。奴は元々は船乗りらしく、「人魚は男のロマンだろ!」と熱弁していた。
「男のロマンか……わかる、分かるぞ。ん……?そう言えばエリアスはその脚は尾鰭を擬態したものなんだよな?」
「?、うん」
「って事は普段下は履いてな」
バゴンッ!!!!
それ以上は言わせる訳がない。割と本気で鳩尾を殴った。……あと強いていうがかめにんに服を作らせる時その辺の対策はしっかりしている。ロクロウの言葉の続きを想像しようとした目の前のトカゲの業魔も睨むと「男の……ロマンが……なんだ?」と今しがたロクロウを殴った左拳を突きつけた。
「な、なんでもねぇ!!」
「これだから男は……」
「はいて……?」
二号が首を傾げる。あんたは知らなくていいの、とベルベットが諭すと二号は海門要塞から持ってきた羅針盤を抱え直した。
……それがあれば進路が迷うことはないだろう。倒れこんだロクロウを放置すると無造作に手を伸ばし、羅針盤を二号の手から貰い受けようとしたが二号は咄嗟に羅針盤を自分の胸へ引き寄せ、抱え込んだ。
「渡したくないんだ……」
「フッ……ならお前が羅針盤を見ろ」
抵抗をする、という事は意思が戻っている証拠だ。エリアスも心做しか嬉しそうに二号を見つめている。
「羅針盤の読み方はわかるな?」と二号に聞くと大きな瞳を開いて、うん!と、声を上げた。数時間前にはまず見れなかった表情だ。それに気が良くなりついからかってしまう。
「ただし、読み間違えたらサメの餌にするからな」
「二号……は美味しくなさそう」
ちなみにエリアスもサメの人魚の一種だ。ついでにそう
言うと二号が小さく悲鳴を上げて今度は大きく頷く。そんな様子にベルベットが「しっかりね」と微笑えんだ。
少しだけ、柔らかくなったような印象のベルベットに、二号がおずおずと口を開いた。
「あの……"ライフィセット"って……?」
「そう言えば………それ、海に落ちる前ベルベットが言ってた」
「……名前よ。あんたの」
「僕の……?」
ベルベットは、大きく頷いて二号の目線に腰を下ろして、もう一度その名前を繰り返した。
「ライフィセット……そう。あんた……の名前。いつまでも二号じゃ不便でしょう」
「ライフィセット……!」
ベルベットがつけた名前に二号、……いやライフィセットは微笑んだ。倒れていたロクロウも復活して二号の肩にぽん、と手を置き「いい名前じゃないか」と豪快に笑う。もう1発くらい殴っておけばよかったかと睨んでいると「マギルゥ、ほどじゃないがのぉ」と茶化してきた魔女をエリアスが何故か不思議そうに眺めた。
「マギルゥ、は、……名前、気に入ってるんだ……」
「……そうじゃよ〜偉大なる魔女の名前じゃからな」
「そっか、うん……そう……」
ライフィセットを見つめる様にエリアスは、マギルゥに嬉しそうにうんうん、と頷いて次はどこに行くの?、そうライフィセットの抱える羅針盤を指した。
「えっ、と、……」
エリアスに言われたことにより、慌てて羅針盤の向きを正したライフィセットは見えた!と笑いながら俺の目をまっすぐ見てどこまでもつづく海に向かってすっと指を指し示した。
「よし、海峡を抜けるぞ!進路を取れ、ライフィセット!」
「うん……!進路は……ローグレス!!」