闇ギルドと食事 [ 88/156 ]
式典は大歓声が止まないまま幕を閉じ、ベルベットを抑えながら地上に降りた。
私も……バクバクと未だに鳴る胸を押さえ、日が沈んで来ている街へと向かう皆の後を着いていく。
「導師アルトリウス……。あれがお前の標的か」
「いきなり飛びかかるかと、ヒヤヒヤワクワクじゃったわい」
「それじゃ無駄死にでしょ……"理"と"意志"の剣がいるのよ。……あいつを殺すためには」
「アルトリウス様……を殺す……」
ライフィセットがベルベットのその言葉を繰り返して目を伏せる。ベルベットにとって彼が「復讐」の相手……らしい。いったいどれほどの事があれば人にあれほどの憎悪を抱けるのだろうか?
感情が上手く思い出せないわたしには、……分からない。
胸を押さえて、ベルベットを見つめていると、私の目の前にくるりくるりとマギルゥが周りながらにんまりと笑った。
「手堅いくてつまらんのぉ〜。さて、そろそろ儂はおいとまするかの。名残惜しいじゃろうが探しものがあるでな」
「お好きにどうぞ」
「……いっちゃうの?」
裏切り者、だっけか。彼女もまた「復讐」を望んでいるのかな?じっとその薄緑の瞳を見つめるとサッと目をそらされていつもの冗談を言いながらマギルゥは離れていく。
「なんじゃ?寂しいのか?まあ関係ないがのぅ。じゃあの〜皆の大願成就、七転八倒を祈っておるぞ♪」
よく、わかんない言葉を並べてマギルゥは一人上機嫌に日の沈んだ街に姿を消していった。姿が完全に見えなくなるとなんだか、少し寂しい……気がした。
「行っちゃった……」
「ああいうタイプはいちいち真面目に接しているだけ無駄だ放っておけ」
「アイゼンに運賃払って……ないよ?」
「……そのうち払ってもう」
アイゼンが不機嫌そうな顔でため息を吐くと立ち去ったマギルゥから目をそらすとそれと同時にロクロウが「さて」と一息入れて、場の空気を切り替えた。
「これからどうするんだ?敵は導師様とやたらだ。姿を隠すような相手じゃないだろうしなぁ。じっくり行こうぜ」
「ロクロウ……の探してる人は?」
「んーー…あの中にはいなかったな。俺の探してるやつも隠れる相手じゃないから恩返しのついででいいさ」
「アイツ……はいた。導師の後ろにいたジジイがメルキオルだな?」
「う、うん……」
確か、アイフリードの情報を知ってるかもしれない聖寮の……人。その名前にも嫌な気配が拭えないがどうせ「分からない」。アイゼンがライフィセットにメルキオ…ル、ってじじぃ?の特徴を確認する。ライフィセットはアイゼンの問に戸惑いながら頷くがどこが顔色が悪いように見えた。
「……奴らの情報を集めよう。何をしてるか分かれば隙を付ける」
「アイゼン、王都に裏の知り合いはいないの?船付場の時みたいな」
「内陸には疎いが……アイフリードが懇意にしていた闇ギルドがあったはずだ。バスカヴィルというジジイが仕切っていて、確か王都の酒場が窓口だと」
「じじぃ……」
「お前は真似するな。覚えるな」
「アイゼンと一緒にいて口が悪くならない方が難しいだろ……それより闇ギルドだっけか?そんなのがあるんだな」
どうやらじじぃ、っていう言葉は言っちゃダメらしい。その言葉を呟いた私の頭をアイゼンが軽く小突くとロクロウがその様子に笑った時、ぐぅ〜ぅ、っと何やら間の抜けた音が皆の間で響いた。
「わっ!?」
「ははは、腹の虫かライフィセット。とにかくその酒場に行ってみようぜ。腹ごしらえは出来るだろう」
「そうね」
「腹の虫?」
「お腹がすいたら鳴く虫が腹の中にいるんだよ」
「「えっ(!!?)」」
「……ロクロウ、あまりコイツらをからかうな」
ライフィセットの腹の虫、を抑える為に繁華街の方へアイゼンの案内の元進んでいく。先程より人は減っているがやはり賑やかな事は変わりなく、少し進むと楽しそうに会話をしながら歩く人々や肉やパンが描かれた看板が多く目に付いてくる。
「プ…プリンパン……」
「……今から飯を食いに行くんだ。我慢しろ」
フラフラといい匂いに釣られてしまうと先頭を歩いていたアイゼンが手を引いたと同時にぐぅーと再びライフィセットの腹の虫が鳴り、ロクロウが吹きだす。
笑われた事が恥ずかしいのか、ライフィセットは自分のお腹をさすった。
「どうしたの?」
「お腹からすごい音が、した……」
「生きてる証拠よ、それも死人は食べ物を食べないでしょ?」
「そうだね……」
この空腹という感覚も、ライフィセットが新しく手にした感覚ということらしい。空腹かぁ、たしかにお腹が寂しいと思うことはあるけど私には無縁なのだろうな。と呟くとアイゼンは「ならプリンパンの看板を見るのをやめろ」と少し呆れたように笑った。
「着いたぞ」
先頭を歩いていたアイゼンがとある建物の前で立ち止まる。
そこはいかにも年季の入った石造りの建物だった。看板には確かに"食堂"の文字がある。ロクロウが「美味い心水もあるといいな」そう言って一足先に店内へ入っていく。
中は中々広く、こんなお祭りの日……なのに人は少ないように見えた。すると品の良さそうな老女がカウンター越しに出迎える。
「いらっしゃい」
「この子に何か食べ物を」
「あら、ならこの店の名物はマーボーカレーよ。一週間も煮込んでいるの」
「マーボーカレー……」
「…お前も頼めばいい」
ニコニコと笑う女性はちょっとまっててね、とアイゼン達のオーダーも聞いていくとすぐに料理を出してくれた。ベルベットはいらない、と言ってバスカヴィル、って人のことをすぐに聞き込みを始めていたが私は目の前に置かれたとてもいい匂いを放つ食べ物をじっと眺めていた。うっすらと湯気が立ち上がっておりとても美味しそうだ。
「これが……マーボーかれー…」
「俺たちは心水とつまみでいい。二人は先に食べろよ」
アイゼン達が頼んだ料理はまだ出てきていないが先に食べていいと言われたのでスプーンを手に取ると一口すくって口に運ぶ。
すごく、すごく美味しい
だけど熱いし辛い。辛い。とにかくギガント辛い。
「きゃらい……」
「僕はこの位が好きだよ」
ヒリヒリとする舌に水を流し込む。パクパクと食べ進めるライフィセットが信じられない。
「地上のもの……皆美味しいと思ってたのに……」
「……次から甘口にしてもらえ」
すると先程の女性があらあら、と新しいお皿を出してくれた。それを食べたらとても美味しかった。
どうやらこれが「甘口」よりさらに甘くしたものらしい。なるほど、これはすごく食べやすい。
「ベルベット、マーボーカレー美味しいよ!」
「……そう」
すごい勢いで食べ進めるライフィセットをじっと眺めていたベルベットが一言だけ返事をする。アイゼン達のつまみを作り終わった女性はその様子を見て仲がいいのね、と微笑んだ。
「そういえば、さっきの貴女の質問だけどバスカヴィルは聖寮の規律に逆らった悪人としてとっくに処刑されてしまったわ」
「……ならその代わりは?」
「あらあら、そんなに生き急がなくてもいいじゃない。弟さんが殺されでもしたのかしら?ベルベット・クラウさん」
弟を、殺された?
ガタリっ
私がその言葉を理解する前にベルベットは座っていたカウンターから立ち上がり素早く右腕のブレードを引き出し、カウンター越しの老女に突きつけた。間近に迫っているその切っ先を老女は冷淡な瞳で見つめる。
「どうしてそれを!!」
「……闇は光を睨むものをみているものよ」
「……もしかして…アイゼンの言っていた窓口……?」
「バスカヴィルが捕まっても闇ギルドは動いているのか」
流石に食べ進められる雰囲気じゃない。ライフィセットと私はスプーンの手を止めると未だに女性を睨み続けるベルベットの後ろへ移動する。
老女は相変わらず微笑みを絶やさずにアイゼンの問も淡々と答えていく。
「ええ、船長が消えてもアイフリード海賊団が止まらないように。……さて御用は何かしら?」
「アルトリウスの行動予定を知りたい」
「それはちょっと値が張るわね」
聖寮、はこの王都を仕切っていると言っても過言ではないと聞いた。なら確かにこの情報は闇ギルドの人達にとっても難しい事なのだろう。睨み合いが続く中、老女はそっとメモを差し出してきた。
「……非合法の仕事よ。そのメモの内容を全部こなしてくれたらこちらも情報を提供するわ」
「ひごうほう……」
ベルベットがそのメモを受け取る。それを横から覗き込もうとしたがアイゼンが遮ってしまった。なんとか見ようと奮闘するがその間にベルベットが「わかった。背に腹は変えられないわ」とそのメモを老女に返してしまった。どうやら、引き受けるらしい。
……私は内容、わからないけど。
「これを持っていって。きっと役立つわ。偽造だけどまず見抜ける者はいないはず」
「……マギルゥ奇術団って書いてあるんだけど……」
カウンターに差し出してきたのは偽造の通行手形、…らしく「門前でそう名乗っていたでしょ?」と事も無げに言う老女をベルベットが冷めた目で睨む。
どうやら、彼女には何でもお見通しみたいだった。
「依頼が達成出来たらここに来てちょうだい。2階の宿を使っていいわ」
「夕陽も沈んできている。依頼は明日からでもいいだろう」
「……マーボーカレー食べていい?」
「あら気に入ってくれたのね。人魚に気に入られるなんて光栄だわ」
「……本当に、なんでも知ってるのね」
闇ギルドってすごい。そう呑気に思いながら食べかけのマーボーカレーをまた食べ進めるとアイゼンが油断だけはするなよ、って耳打ちしてきた。
「……お前達闇ギルドがどこまで知っているか知らんがコイツに手を出してみろ……地獄を見せるぞ」
「まあ。アイフリード海賊団の紅一点をどうにかして喧嘩を売るほどうちのギルドは馬鹿じゃないわ」
「……ねぇ記憶喪失の治し方ってある?」
「……さすがにそれは専門外ね」
残念だなぁ。
ロクロウ達は明日行くという依頼の話を進めるがアイゼンは私には聞かせてくれなかった。