Helianthus Annuus | ナノ
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早いもので日をまたいで次の日。劇の本番の日だ。
エリアスはここ数日のアイゼンの不可解な行動に首を傾げる中、チラリと幕越しに客席を見た。

「お客さん…こども…たくさん……」

「き、緊張してきた……!」

ライフィセットは普段のローブの衣装に作り物の羽が付けられた簡素な衣装だが緊張しているのかぎゅっと台本を握りしめた。
マリク曰く清らかな聖隷っぽくしてみた、そうだ。

「エリアスの衣装は?」

「……作り物の尾鰭を付けるの……コレ…」

「…うわぁ……」

そっ、と横に置いていた尾鰭を出したエリアスにライフィセットは苦笑いした。
ビニール素材ではあるが中中作り込まれてはいる。だが普段エリアスの本物の尾鰭を見ていた為、何だか安っぽく思えてしまったのだ。

「でも人の時はドレスなんだよね!」

「うん……黄色のドレス……」

エリアスのドレスはエレノアのピンクやライフィセットの水色の推しを除けてアイゼンがやたらと黄色を押してきたのでそれに決まった。

こちらも中々いい出来なので本番のドレス姿が楽しみだなぁ、とライフィセットがエリアスの手を引いた。

「じゃあ着替えてこようよ!僕はエレノアと読み合わせしておくから!」

「うん……尾鰭を付けておくね…」

劇の裏はなにやらバタバタと騒がしい。
元々人手が少ないのだ。更に助っ人で裏方たちはあっちへこっちへと劇の小道具を運んでいた。

「……着替え、どこで……」

「おっリア!まだ着替えてないのか?」

よっ、と顔を覗かせたロクロウは海賊の衣装を身につけていた。逆立てた髪が似合っている。業魔役、ということで堂々と右目を出しているが大丈夫なのだろうか、、

「ロクロウ……目……」

「ああこれは大丈夫だ。なにやら「特殊メイク」ってやつの"設定"らしいぞ。」

「ふーん、……」

奥に更衣室があるから使ってこい、とリアはロクロウに案内されて進もうとした時、

ガシャン!
ベルベットの時同様、なにやら嫌な音がした。


リアが音のした方角を振り返る時には




「あ……」

「危ねぇ!!」

ガキィ……ン!!
バシャァン…………ッ


「大丈夫かリア!?」

何か、がエリアスに倒れて来たのをロクロウが条件反射で咄嗟に小太刀で切り裂き、衝撃を留めた。
だが、ソレの"中身"までは切り裂くことは出来ず……

「うん、……ロクロウが守ってくれたし……それより……」



「ん?」

エリアスがロクロウの腕をくいっと引っ張って視線を「脚」が"あった場所"へ向けさせる。
そこにはエリアスの脚ではなく「尾ビレ」になっており、ロクロウが慌てて衣装の布でそこを拭う。

「おい!!もう本番だぞ!?」

「どうしよう……乾かないよ……」

拭く、と乾くのは別の問題である。
人魚の鱗の間に入った水までは拭いきれない。最低でも10分はその場に待機しないとエリアスの脚は元に戻らないのだ。

「ちょっと!早くアンタの出番で……何してんの?」

ウェイトレスの衣装を(ナレーターにあの格好は向いてないという理由で)着たベルベットがいつまで経っても出てこないエリアスに様子を見に来て、目に入った光景は……
切り裂かれた"海水"の入った透明なケースに水浸しの床、そして人魚の姿になっているエリアスを押し倒しているロクロウ。

アイゼンが見たらドラゴニック光景だ。…いやそれよりも

「あのかめにん……だから海水の管理はしろって…」

「脚……どうしよ…」

「ああもうとりあえずそのまま出ちゃいなさい!!"人魚役"なんだから!」

"業魔役"の業魔がいるのだ。人魚だって本物でもいいだろう!と半ば投げやり気味のベルベットが早くエリアスを連れてきなさい!とロクロウにエリアスを抱えさせた。

「アンタ後で一発殴られるわね」
「一発で済めばいいんだがなぁ…」

「?」

所謂、「お姫様抱っこ」で歩けないエリアスを抱えたロクロウは嫉妬深い"海賊役"に出会わないようにと心の中で思いつつ、ロクロウは幕が上がる前の舞台の上にエリアスを下ろして演劇中に戻らないようにエリアスの尾鰭に多少の海水を再びかけ、急いで裏方に戻った時、「開幕します!」という掛け声が響き幕が開けた。


「うわぁ人魚さんだあ!」
「あのお魚の部分本物みたい……!」
「きれー!」

こども達がぱちぱちと人魚のエリアスの姿に手を叩いた。どうやら好評のようだ。

一方裏方では……
「本物ですからね……」
「一周まわって上手くいってるんじゃないか?」

そんな中ナレーターのベルベットの声が会場に響く。

「 【むかしむかし、エリアスという人魚の姫がいました。彼女は人間に焦がれる変わった人魚、それを心配した方の人魚に感情を封じ込められてしまった可哀想な人魚姫でした。】」


「さ、最初からクライマックスだな……」
「人魚姫ってこんな話だったか?」

客席の子供たちに混じって同行していた大人達がざわめく。だがそれを聞こえないふりをしてベルベットは読み進めた。


「【そんなある日、エリアスはたまたま通りがかった船に乗っていた海賊、アイゼンに恋をしてしまうのでした……】」

ぱっ、とライフィセットの聖隷術が照らす証明がエリアスと作り物の船に乗っているアイゼンに着いた。

「ここが異界か……よし、ここも探索して世界中の財宝を手に入れようじゃないか」




「……ああ、なんて素敵な方なんでしょう……感情のないこの私の中で焦がれるこの気持ちは……なに?…。」

「い、いけないよ、エリアス。人間に近づいてはダメだと、いわ、れたでしょ!」


半ば噛み噛みだがそこはライフィセット。微笑ましく見守る大人達の中、幕を握りしめてエレノアが小声で叫んだ(?)

「ライフィセット頑張れー!!」
「裏方から見る劇って中中新鮮だな!」



ちょっとうるさいわよ!……コホンッ【エリアスの友達の聖隷、ライフィセットは心配そうにエリアスを止めるが彼女の衝動は止められなかった。エリアスは来る日も来る日も通りがかる船から海賊、アイゼンの姿を眺めていた。】」


「海賊?」
「王子じゃないんだな…… 」
「パパうるさい!そこがいいの!!」

子供たちが「ぎゃっぷもえ」やら「悪いヤツかける姫は正義なの」とよく分からないコメントが聞こえるが演技に集中していたエリアスには聞こえていなかった。

ぎゃっぷ……?ええっと、【そんなある日、船は嵐に遭遇してしまった】」

「おい!ロープを張れ!!振り落とされ……ぐっ!」

「アイゼーン!!」

「これも……死神の……呪い……か……」

作り物の船の帆を張る場面で、つい本業(?)のように力強く引っ張ってしまったアイゼンはバキッと嫌な音を立てて落ちてきたハリボテに巻き込まれて演技ではなく、本当に船から落ちた。
アイゼーンwwwと小声で震えているロクロウは後で死のうが殺す。と決意してアイゼンはそのまま演技に徹する。

「グッ俺はここまで……なのか……っ」

「ああ……っ大変……」

ザッパーン!っとそこでタイミングよく作り物ではなく本当の水がアイゼンを、飲み込んだ。
何事だ、と、エリアスが反対側の幕を見るとニヤニヤとしたマギルゥが聖隷術で水の波を作り出したらしい。

「ほれほれーより本気で演技するんじゃぞ


アイツも死のうが殺す。がぼっ、と器官に水が入りかけるがその前にエリアスがアイゼンを水の中から救い出す。

エリアスはそのまま水を操って幕や客席が濡れないように裏方に出すとアイゼンへ顔を近づけさせた。


ポタポタと髪から滴る海水がアイゼンの顔に当たっては弾けた。顔の距離が段々近づいていき、エリアスはそっと囁く。

「起きてください。目を覚ましてください、ああどうか、死なないでください…



私に貴方を愛させてください……」
「……く……っ!」

「アイゼンが堪えている……!」
「そのままジッとしてるんじゃぞ!間違っても歓喜余って抱きしめるなんてしちゃあかんぞ!」


何のために儂が頭を冷やさせたと思ってるんじゃー!
小声のマギルゥの叫びが届くわけがないがたまに「ぐっ……くっ……」と何かを耐えるような声が小さく聞こえた。


「ああ…でも…いけない、姿を見られてしまう。その前に逃げなければ…」
「まっ…………っ」


「今確実に「待て」って言いかけたな。」
「引き止めるのは人魚姫ではなく灰かぶりじゃろ…」



「 【人魚の姿を見られる理由にいかないエリアスはアイゼンを置いて海へ飛び込む。残ったのは意識のないアイゼンとほんのりと香るクロソフィの香りだった……】」

場面の切り替えに写り、1度ゆっくりと降りた舞台の幕。そこから裏方達が出てきて次々とセットを変えて去っていく。
エリアスが尾鰭のせいで立ち上がれずキョロキョロと変わる景色を見ているとアイゼンが起き上がる。

「ほら、お前は裏方だ。」
「う、ん……でも立てない…」
「……しょうがないな、……」

そう言ってアイゼンがエリアスを抱えようとした時、マリクからのストップがかかる。

「アイゼン、お前は幕が上がっても同じ状態でなければならん。ロクロウ、エリアスを抱えてやってくれ」

「お、応」


やはり殺す。



アイゼンの伸ばした手が虚しかった。


指名されたので先程と同じようにエリアスをお姫様抱っこで持ち上げたロクロウは後ろから感じる殺気に「俺は悪くねぇぞ……」と呟いた。
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