すきすきだいすきあいしてる

 街を歩くカップルは皆楽しそうに笑って、仲睦まじく寄り添いながら歩いていた。私はと言えば、数歩先を歩いている広島を追っているだけ。「普通彼女に合わせるもんちゃうん?」と言ったところで今の彼が聞き入れるわけもない。さっきからずっと、口もきいてくれないほど機嫌が悪いから。何か思い当たる節は、といえばさっき行った服屋だろうか。新しい春服を入れたとかで店員が張り切っていて、つい長々と試着してしまった。でも普段なら待たされたことに一言二言文句は言ってもそこまで怒らない。
「何怒ってるん」
「怒っとらん」
「嘘ばっかり」
 怒ってるときの声色は、「そう」だとはっきりわかる。彼がわかりやすいのか、私がそれを意識できる程度に観察眼が養われたのかは知らない。どうだっていい。重要なのは、そんなことじゃないのだ。怒られたって、構わない。私にとって一番怖いのは、彼の考えていることがわからないことだから。
「なんで?」
「……」
 ふう、と根負けしたようにため息をついて、広島はこちらを振り返った。怒っているのか、ただ呆れているのか、考えを覗かせないその眼差しが私の心をひやりとさせる。しつこく言い過ぎたかも。もう我儘に付き合っていられないと愛想をつかされたかも。考えればいくらでも出てくる仮定に、押しつぶされそうになる。何をどう後悔したところで、あとの祭り。それでも謝る理由もきっかけも言葉も思い浮かばなくて、ただ彼の答えを待つ。数秒がたまらなく長くて、思わず「ごめんなさい」と言ってしまいたくなる。何を謝るべきかさえ知らないのに、無責任な言葉を出してしまいたくなる。広島は腰に手を当てて眉を寄せて、渋々といった雰囲気を漂わせながらようやく口を開いた。
「…店員が、」
「?」
「『この前一緒に来てた人は彼氏さんじゃなかったんですね』とか言っとったじゃろ」
 予想外の言葉に、「え?」と呆けたような声が出てしまう。私の買い物のこととか、待たされたこととか、そういうことじゃなくて。彼がずっと心に引っかかっていたのは、私からすれば、言うまでもないほどちっぽけなことで。
「それは……」
 おそらく、運転手に荷物持ちを頼んで買い物をしていたときのことだろう。彼には奥さんも子供もいるし、私と彼の間には単なる仕事上の付き合い以外何もない。広島に説明するほどのことではないから話していなかったけれど、知らなかったからこそ誤解して機嫌が悪かったのかと思えば合点がいく。同時に、私に確かめる前に早合点している彼がかわいく思えて思わず笑ってしまった。
「なんなんじゃ」
「いやあ、うち愛されてるなあって思って」
「は?」
「こっちの話」
 本当のことを言えば、どんな反応をされることやら。でも、今この瞬間くらいは、自分が世界一の贅沢者だということを自覚して楽しんだって罰は当たらないだろう。




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