わがままトランス
「はぐれたら困るから」、そうぶっきらぼうに口にされた言葉は温かかったけれど、繋いだ手は冷たくて、さっきまで本当に彼が外で待っていてくれたことがわかった。待っていたなら待っていたと言えばいいのに、さも今来ましたといった表情を浮かべているのは彼らしいというかなんというか。
「今日はどこ行くん?」
「山口が美味しい言うとったレストラン」
「ふうん」
山口が言うなら間違いはないだろうし、この男が私の前で失敗をする姿など思い浮かばないから、「美味しい」ことに間違いはないだろう。でも、せっかくのデートの予定に食事しか入れないなんて、もったいない。
次いつ会えるかわからへんし、とか、いつも会うために何時間かかると思ってるん、とか、つまらない言い訳や文句ばかりが思い浮かぶけれど、要するに彼に言いたいのは一つ、「もっと恋人らしいことをしたい」、それだけ。
ただの食事でお別れなんて、友達よりも味気ない関係はもう飽きてしまった。
いつもデートのときは新しい靴を履いたり、普段よりも時間をかけて髪の毛を巻いている自分が少しみじめに思えてしまう。そもそもこれは付き合っていると言えるのか、それすら曖昧な状態にいつまで耐えればいいのだろう。