Erotica

 神戸、と小さく呼びかける。浴衣がはだけてもはや衣服の体をなしていないほど肌が露出した姿でありつつも、神戸は少し息を荒げながら「何」と答えを返してきた。『もう、疲れた』――言葉にせずとも言いたいことはわかる。誘ってきたのは神戸の方だが、体力を考えずにがっついたことは否定しない。

 夏は絶対旅行と言い張る神戸に半ば強制的に予定を空けさせられてこの旅館に着いたのがつい数時間前。普通の観光のようなこともしたと言えばしたものの、結局くたびれて中途半端に終わってしまった。風呂上がりにとりとめのない話をするのにも飽きて、結局退屈さと欲求に負けて今に至る。人並みに食欲や性欲や睡眠欲があるというのもよく考えればおかしいような気もするが、あるものとは折り合いをつけていくしかない。

「…どうしたん?」

 汗で額にくっついている前髪、かすかに香る日焼け止めの匂い、のぼせたように上気した頬。うっかり流されそうになっている自分に気づいてぎくりとする。それらが意識的なものなら責任を押し付けられるのに、今はそうではないようで、神戸はぼんやりとした視線をこちらに向けていた。セックスの後は大体、こうなる。毎度誘ってくる割に、終われば言葉少なに布団に潜って眠りにつく。さすがに今日はこの暑さからか、布団に入る気はないようだけれど。

「体力ないのう」
「……そっちがありすぎるだけちゃうん? 大体男の方が気遣いするのが普通やん」
「こういう時だけ性別の話出すんか」

 男だの女だの、普通の人間と同じように性別があっても、概念の自分たちには本質的な関係はない。たまたま男で、たまたま女で、概念であれば万能な身体であってもいいはずがなぜかその時々の生理的欲求に振り回されるという、ただそれだけの話。

「まあ、ずるいんはわかってるけど」

 不意に神戸が抱きついてきて、何か言う間もなくキスで唇を塞がれる。全くどこで覚えたのかと聞きたくなるほどに無駄にこの女はキスが上手い。否応なく身体が密着する体勢になり、端的に言えば神戸に押し倒されているような状態となっていた。離れようとしても時すでに遅し、神戸はもともと気づいていたのか、キスをやめてから意味ありげに微笑んだ。

「まだ、したいんや?」
「…だから、」
「『別に体力ないならええ』とか、今さら言わんとってくれへん?」

 気遣いなんか最初から期待してへんし、と嘯く神戸に、どうせ明日になったらその言葉を忘れているに違いないと内心呆れつつ、緩みながらも神戸の腰のあたりでとどまっていた浴衣の帯をほどく。これが感情と本能のどちらに偏った行為なのかは、自分でもよくわからない。しないと死ぬほどのものでないことは確かで、かといって誰でもいいというわけでもなく、理性的とも言い難い。でも意味なら、一つだけある。自分たちの実体と言うにはあまりに頼りないこの身体が、今ここに存在していて、形として求められていることがはっきりする。実に感情的で、概念らしくもない考え方。それだけを頼りに互いを求めるのは、ある意味人間よりも人間らしいのかもしれない、とか、らしくもないことを思いながら、本能に身体を委ねた。


 

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