※23静雄×17臨也
※別人注意報








沈黙。
鳥肌がたちそうになった腕をさすりながら、俺は勇気を出して聞いてみた。
「…誰が?」
「手前が」
こんなに可愛かったっけ。そんな言葉に、今度こそぞわぞわぞわ、と鳥肌がたった。ぶるりと体が震える。路地裏は別に寒くはない。精神的に非常に寒いだけで。
「なに言ってるのシズちゃん。6年経って目が見えなくなったの?」
「いや、…なんつーか、今の手前を見慣れてると、手前はそんなにむかつかないな」
今の俺はシズちゃんに余計な耐性を与えてしまったらしい。なんてことだ。俺は俺なんだから、普通にむかついてくれればいいのに。ナイフで刺してやればキレるかなと思ったけど、生憎さっきの追いかけっこで今日の手持ちは全部使いきってしまった。悪いことはとことん続くらしい。最悪だ。
「もうなんなの、シズちゃん…気持ち悪いよ。俺で筆おろしするわ意味分かんないことほざくわ、…6年の間に何があったの?それで結局俺との関係は何なの?相変わらず喧嘩してるの?それともアレ?セフレとかそっち系?」
「いや、恋人」
「ああそう、……、は?」
恋人か、とナチュラルに受け入れかけた頭を覚醒させて、ぱちんとその言葉をはじき出す。
「…な、に、それ?」
「なにがだ?」
「こいびとって?…手を繋いだり抱き合ったりセックスしたりする、お互いに愛し合っている男女をさす、…恋人のこと?」
「手前のそのめんどくせぇ説明どうにかなんねぇのか?」
「そんなことどうでもいいだろ!どっち!?」
「ああ、男女じゃねぇけど、その恋人だな」
「…、…」
最後の希望が絶たれた。いや元々ないようなもんだったけど、確実に絶たれた。ついでに俺のライフラインも絶たれた。
「おかしい…、シズちゃんも未来の俺もおかしい…。シズちゃん俺のこと大っ嫌いなんでしょ!?」
「ああ、大っ嫌いだ。同じくらい好きなだけで」
「後半いらない!」
「…つーか…」
「なに、余計な情報ならもういらないよほんと。俺のヒットポイントもう0だからねマジで」
頼むから余計なことは言ってくれるな出来れば黙れ、とシズちゃんを睨みつけると、シズちゃんはそれを気にした様子もなくあっさり口を開く。
「多分、もうお前のこと好きだと思う」
「…、だれが?」
何度目かの同じような質問。答えはだいたい分かっているけれど、それでも問いかけてしまうのは…現実逃避に近いかもしれない。
「手前のとこの、俺」
「ああああああ!!戻ったらどんな顔でシズちゃんと顔あわせればいいの!」
思わず叫んで顔を覆ってうずくまったのは、やり過ごせない衝動というか衝撃というか…それのせいもあったけれど。なぜだか思わず熱くなった頬を隠すためでもあった。なにこれ、何で俺が赤くなるんだよ。馬鹿じゃないの。
「臨也、」
「なに」
「耳、赤い」
笑いをこらえているような声で言われて、思わず押し黙る。どうやら意味がなかったようだ。
「うるさい…」
「まあ…アレだ。俺も今頃、今の手前と会ってるしな、…あ」
シズちゃんが、何かを思い出した、というような声を上げたので、見上げてみる。シズちゃんがどこかにやっていた視線を俺に戻した。目が合って数秒見つめあって、…この表現気持ち悪いな。睨みあって…はないけど、ともかく視線を合わせたままで、シズちゃんがまた視線をそらしたかと思うと、サングラスを外して胸ポケットに入れた。何してるんだろうと好奇心のままに観察していると、腕を掴まれて立たされる。その手つきや力は優しくて、シズちゃんに馬鹿力があることはその手からは伺い知れない。きっとすごく頑張って加減しているんだろう。力加減が出来るようになったというのはすごい進歩、…いやシズちゃんにとっては退化、かな。まあそこは置いといて、俺の知るシズちゃんは、怒っていないときでも加減が出来なくてよくものを壊していた。その力加減が俺に対するものでなければ、それが進歩にしろ退化にしろもっと素直に受け止められただろうに、対象が俺であるだけでどうしてこうも複雑なのか。
「シズちゃん?」
立たされたと思ったらとんと壁に押しつけられた。訳が分からずにシズちゃんを見上げる。うわあ何この身長差。さっきも思ったことだけど、こうして至近距離に居ると余計に身長差を意識してしまう。20cmくらいあんじゃないかな。
っていうか、いくら何でも近くない?と思ったら、サングラスを外したシズちゃんの顔が本気で近かった。
「うわっ、な、んっ!?」
顎をすくいあげられて、唇を塞がれる。キスは初めてじゃない。けど、まさかシズちゃんにキスされるなんて夢にも思わないじゃんか!
シズちゃん、と制止の言葉を紡ぐために開いた唇に、シズちゃんの舌が入り込む。うわ、舌入れやがったコイツ!最悪!しかも驚くことに下手じゃない。誰だよシズちゃんにこんなキス教えたの!…流れ的に俺か!
予想外に気持ちのいいキスに、体から力が抜ける。突っ張っていたはずの腕はいつのまにかシズちゃんのバーテン服を握りしめていた。ああ、もうほんと最悪!キスなんかしてその上舌まで入れてくるシズちゃんも最悪だけど、なによりそれがそれほど嫌じゃない俺が腹立つ…!
「…っはぁ、な、にすんのばか!!へんたい、犯罪だからね!」
「手前もな」
「は?意味分かんないんだけど」
「ああ、6年経ったら分かんだろ」
「はあ?」
意味が分からない、と首を傾げると、シズちゃんはサングラスをかけ直して俺の目元を拭った。俺の目に涙が浮かんでいるのは生理的なものなので他意はない。あとシズちゃんの手つきがなんか優しくて怖いんだけど。
「手前にもやられたんだよな、6年前…だから、仕返しっつーか」
「…23になった俺は、今君にこうされたから17歳のシズちゃんにそうするんだと思うけど」
「……」
鶏が先か、それとも卵が先かってね。シズちゃんには難しいかな。
そう思いながら観察していると、しばらく沈黙を保ったシズちゃんは、がしがしと頭をかいて考えることを放棄したらしい。そんなところは変わらないくせに、なんでこんなことになってるんだろう6年後は。人は愛しているけれど、そして人は変化するもので俺はその変化すら愛せる自信があるけれど、シズちゃんも自分も愛していない俺はシズちゃんの変化も俺の変化もシズちゃんと俺の関係の変化も愛せないらしい。そりゃそうだ、愛せるわけあるか。まったくもって予想外すぎる。
「…ていうか、俺、いつ帰れるの?」
「あ?…そろそろじゃねぇの」
「そう」
「…あー、…なんつーか、先に謝っとくわ」
「は?」
「悪いな」
「え、なにそれどう、」
どういうこと。言い終わる前にまたぐらりとめまいがして視界がゆがんだ。最後に目に入ったのは俺がよく知る男の、けれど俺の知らない表情で、その表情を作ったのが俺の知らない6年間の俺だといい、と考えたらまた熱くなった。なんて乙女思考だ、本当に恥ずかしい。


目眩がおさまった先に居たのは、真っ赤な顔をしたブレザー姿のシズちゃんだったから安心したけれど、俺はまた別のことで混乱する羽目になった。






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多分続きます。

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