創作新選組 夏の定番行事 弐の一
《斉藤・春月組》
春月は、斉藤の着物をこれ以上ないくらい強い力で握っていた。
かたかたと肩は震え、引き結んだ唇は若干紫になっている。瞳はキョロキョロとせわしなく動いており、すごい怯え様である。
にぎりしめた手は、力を込めすぎているせいか白くなっていた。
斎藤はというと、そんな春月の様子に少し目を丸くしながら頭をぽんぽんと叩いてやる。
確かに嫌がってはいたが、誰も彼女がこういう類[たぐい]にここまで怯えるとは思っていなかった。
そんな彼女を、『肝試し』という行事に加えて容赦なく恐怖させるのは――。
「うわあああぁぁぁぁ!!!!」
「な、なんだこれえええぇぇぇ!!!!」
所々であがる、隊士たちの叫び声だった。
春月は聞こえるたびにびくびくと肩を震わせながら、ぎゅっと斉藤にすがりつく。
そんな春月の肩をつい抱いてしまう斎藤は、どうしたものかとため息をついた。
……くじ運がいいのか悪いのか、よく分からない状況だ。
この状態はある意味運がいいのだろう。しかし。
彼も、一応男なのだが。
ここまで怯えられると色恋云々には程遠い。彼女のすがり付き方は、何でもいいからとにかく近くにあるものにすがりたい、と言わんばかりなのである。
平隊士だけでなく幹部の面々からも羨ましそうな目で見られたが、これでも果たしていいのだろうか。
――それに。
そんな様を見て、不機嫌な者一名。
「……土方君、眉間にしわがよっているよ」
「いつものことだろうが。気にしなくてもいいぜ、山南さん」
ぶっきらぼうに返す土方に、山南は苦笑した。
おそらく、誰が相手でも同じなのだろうと思う。
自分が好きだった女性の面影を持つ少女が、別の男性にすがり付いているのは大層不快に違いない。――それ以外の感情も含まれているのを、試衛館来の幹部皆が知っているが。
ゆえに、彼のシワは増えるばかりだ。ぴりぴりした空気を直接向けられている斎藤は、はっきり言って不憫なくじを引いたものである。
そんな哀れみの視線を山南から向けられ、斎藤は複雑な心地だった。
平隊士たちが順に出て行き、先ほど山崎と尾形の組が出て行った。
おそらくおどかし役を相当楽しんでいるだろう沖田や藤堂、永倉や原田は、一体何を使ってくるのやら。
どうせろくでもないおどかし方をしているのだろうが、幹部とまでなってくると大概のことには動じなかったりする。
先ほどまで引っ切り無しに聞こえてきていた悲鳴も今は鎮静化して、しん、と静まり返っている。
山崎・尾形組が出てから四半刻も経っていないが、そろそろ土方・山南組も出発だ。
「そろそろ私たちも出発だね。……藤田君、大丈夫かい?」
振り返った山南の問いに、春月はふるふると首を振った。
「か、帰りたいです。今すぐダッシュで屯所に帰りたいです……」
気が動転して現代語を使っていることに気づかず、春月は涙目でそう訴えた。
『ダッシュ』の意味を何となく『早く』ということだろうと察した山南は、そうか、と言って苦笑するしかない。
春月が今言葉通り回れ右しないのは、この肝試しの遵守事項があるからにほかならない。
自身だけでなく、その相方にも影響が及ぶとなると春月が逃げられないことを知っていての遵守事項。
用意周到なものである。
あまりにも怖がるものだから、沖田のある言葉で一瞬で真っ青になった春月を、永倉たちが必死でなだめていたのだが。
「お、沖田さんの馬鹿ぁ……」
やはり、恐怖が抜けるわけではない。
強制参加させた本人がいないのをいいことに、春月は恨み言には聞こえないささやかな罵倒を口にする。
おそらく彼が聞いても、特に問題ないだろう。むしろ、馬鹿で結構ですよ、と笑っているに違いない。
そんな様子の春月に対してどう返そうか、と考えていた山南に、土方がものすごく不機嫌そうな顔で声をかけた。
「おい、山南さん。そろそろ時間だぜ」
「ああ、そうだね。……じゃあ、藤田君。斎藤君も一緒だから大丈夫だ。もう少し心を落ち着けると、怖くなくなると思うよ」
よしよしと父親さながらに再び春月の頭を撫でると、山南は土方とともに肝試しに向かった。そんな彼らの背中を見送った春月は、今まで以上に斎藤に寄り添った。
彼ら二人は、なぜかしんがりだったのだ。
最後に二人きり取り残されて、ものすごく心細いと春月は思った。独りなのよりはマシだが、このような場所にぽつんと残されると、恐さも倍増してしまう。
「何で私たちが一番最後なんでしょう……」
涙でにじんだ声は震えていた。俺に訊くな、と返したかった斎藤だが、春月の様子を見るとそう返すのもどうかと思って、考えてみた。
黙ってしまった斎藤に、これだけしがみついているから怒らせてしまったかと思い、その上沈黙が怖くて、春月は恐る恐る斎藤を見上げる。
墓の入口の向こうを見据えて眉を寄せていた斎藤は、そのまま口を開く。
「おそらく、総司の策略だ」
この際すべて彼になすりつけてしまおう。そもそもの発端は彼が肝試しを切り出したせいなのだから。
――女子を怯えさせる男子がどこにいる。
そう思いながら、斎藤は一つ提案をした。
「これが終わってからの反撃でも考えておくといい」
顔を向ければ、きょとん、とした表情の春月の顔がそこにあった。
「反撃……ですか?」
声からも少し怯えがなくなったため、斎藤は心中で少しホッとした。少しでも怖くなくなるなら、それがいい。
「……だったら、沖田さんにお塩いっぱいの餡入りのお饅頭作ります」
お饅頭ですと言って渡せば、彼は何の疑いもなく受け取るはずだ。
剣術での報復は無理でも、こちらでなら十分可能だ。彼女の料理はおいしいとの評判もあるので、喜んで受け取るだろう。簡単に引っ掛かる様子が目に浮かぶ。
塩味の饅頭を思い浮かべて、斎藤は苦い顔をしつつ、沖田に対して哀れみは向けない斎藤だった。
<続く>
2011.08.23(火) 18:47
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