act 6

そっと、沖田の手が神楽の細い手に触れた。
涙に濡れた頬をせっかく隠したというのに、その優しい手は、簡単にそれを剥がしてしまった。

「傷つけちまったってんなら、ちゃんと謝ってやる。けど親父さんに言った言葉は嘘なんかじゃねー。俺の本心でィ」
神楽は鼻をぐずっと鳴らしながら口を開いた。
「性悪女って……」
それも本音だ。沖田は思ったけれど、これ以上泣き出されるのはゴメンだと頭を掻くだけにおさめた。
「駆りだされたのは、本当の事だ。ただ俺のモンだと口を滑らせたのは……俺の願望だと思ってくれてかまわねぇ」
しとしとと濡れていた神楽の頬から、涙が消えた。

「がん……ぼう……?」
「あぁ、願望だ」
「私の事……自分の女にしたいって……思ってるって事アルか・・・・・・?」
「何度もは言わねー」

神楽の頬は、次から次へと降ってくる雪の中で、可愛らしく染まった。
「でも、まだ……付き合ってもいないアル」
「俺は、テメーなら何もかも形式を吹っ飛ばして一緒になっても、絶対後悔なんざしない自信がありまさァ」
思いがけない沖田の殺し文句に、神楽は頭がついていけず、プスプスと頭が音をたてていく。
そんな神楽の様子を見た沖田は、やっと笑った。

「まったく……。テメーには本当してやられるぜ。別に口にする事なんざ一生ねぇと思ってたにも関わらず、どっかのおせっかいな姐さんは話を振って来やがるし、まだガキだガキだと思っていたテメーはまるで別人みたく変わってやがるし、変な男に組み敷かれてやがるし、泣くし、勝手に居なくなりやがるし……。ふりまわされるこっちの身にもなってみやがれ」

拗ねた顔をした神楽だったけれど、沖田総悟と言う人間が、どれだけ奔放な性格なのかも、どれだけ人に無関心かも、人に一線を引いてるって事も分かっていた。それら全部を含めた上での沖田の口から出た言葉ならば、これだけ確信的な告白はなかった。

それでもやっぱり腹の立つものは立つ。散々今まで泣いてきたのだ。
神楽は色ずいた唇をぷっくりと尖らせた。

雪の中立つ神楽は、沖田から見ても、本当に綺麗だった。
その淡く染まった頬も、その拗ねた唇も、全部が欲しかった。
自分の人生を振り返ってみても、未来を想像してみても、きっと人と馴れ合う事ができない。
そう心の奥底に沈めていた気持ちは、一度口にだすと、どんどんとふくれあがり、今すぐにも全て奪ってやりたいという衝動に駆られた。

「んで……テメーの様子から察すると、どうやら俺らは同じだっつー事だと思うが違うか?」
本能で沖田のドSが覚醒したのか、神楽をいじる準備は万端だと言う風だった。
「な、なななな何の事アルか?!」
「惚れてんだろィ?」
「だ、誰が?」
「テメーだ、テメー」
「だ、誰アルか? テメーなんて人、知らないアル! 聞いた事がないアル!」
「ほう……? 分かった」

沖田が言い終える前には神楽の目の前に居た。わっとなった神楽の顔を満足そうに見つめると、そっと両耳の後ろに手が、固まった神楽を楽しみつつ、耳元へと口を持っていった。
ピタリと耳たぶに唇をつけると、反射的に神楽が跳ねた。

「言っちまえ……。楽になりやすぜ、なァ……神楽?」
背筋から首元へ、ゾクっと快感が襲った。神楽は目をきゅっと瞑ると、必死にその快感に堪えていた。
堪えれなくなった神楽の足がカクンとなり、沖田の胸に必死としがみ付いた。
勝てない。この男に勝てそうもない……。

しかし神楽はこの土壇場で踏ん張った。
「そんな意地悪な沖田なんて嫌いアル! 触らないでヨ」
誘惑を打ち消そうと頭をぶんぶんと振った神楽は、沖田の胸板に自分からもたれかかっておきながらそれを突き飛ばし、怒りはじめた。

これには沖田も呆気だった。
これだから、展開が予想できなくて神楽は面白い。
そこら辺の女なんて、目に入らない。
沖田は自分の容姿が、世の女性達にどう映っているかを、当然知っている。
そんな沖田が何度か女を食うだけで、特定の女をつくらないのは、自分の予想をはるかに上回る行動を取る神楽に興味を抱き、長い事見つめている間に、惚れてしまったからだった。

だからゆえ、沖田は調子を狂わされてしまう。
「お前なんかもう知らないアル! いいアル! 私には銀ちゃんが居るもの。あ、お情けで新八も居るって事にしてやるネ。とにかくお前みたいな意地悪な奴なんて、銀ちゃんに比べたら、あぁ比べる事も出来ないアルっ。だって銀ちゃんの方が100倍強いもの。銀ちゃんの方が1000倍格好いいもの。銀ちゃんの方が10000倍優しくて、銀ちゃんの方が――――」
むぐぅっと神楽の口を沖田は手でふさいだ。
ただでさえ沖田は神楽と銀時が一緒に住んでいるのが気に入らないのに、神楽の口からこんな事を聞いた日にはたまったもんじゃなかった。

子供っぽい神楽の仕返しは、沖田限定で大いに効果を発揮する。

神楽はまだ怒りたりないらしく、沖田の手を自分の口から退けると、また口を開いた。




「銀ちゃんはこんな意地悪なんてしないヨ! いつだって、私の事を考えてくれてるもの! 私のどんな我侭だって、面倒くさそうに頭掻きながらでも、絶対叶えてくれる! 沖田とは違うヨ! 沖田より、100倍銀ちゃんが大事アル! 沖田より、1000倍銀ちゃんが愛しいアルっ、沖田より10000倍銀ちゃんの方がす――――」

「参った。参りやした。勘弁してくだせぇ」

塞がれた手の先にある沖田の顔。
本当に嫌がっている表情だった。
別に、意地悪を意地悪でちょっと返してみたかっただけ。そんな軽い気持ちだったけれど、沖田には、大ダメージを与える事に成功した様だった。

それが神楽にとって、ちょっと可笑しかったらしい。
ぷっと笑うと、ふてくされた沖田の表情があった。
「何て言って欲しいんだ? 俺に」
「まだ意地悪を言うアルか? じゃあいいアル! やっぱ銀ちゃんの方が――――」
「惚れてんでェ!」

唐突に出て来た沖田の言葉。
神楽は嬉しさがこみ上げてきたのか、照れた様に笑った。
上を見上げると、恥ずかしさのあまりに沖田は左手で顔を覆っていた。
「あ〜……。言っちまった。これだから嫌だったんでさァ」
沖田の言葉は、神楽をくすぐる。幸せのあまり神楽はくすくすと笑った。
しかしその笑いも長くは続かない。沖田は神楽の顎に手をかけもちあげた。
「さァ、俺は言いやしたぜ? 次はテメーの番でェ」
「え?! い、言わなくちゃいけないアルか?」
「当然だこのクソ女っ! 何で俺だけ赤っ恥をかかなきゃなんねーんでィ!」
「本当の気持ちは、言わなくてもちゃんと伝わるもんアル」
「じゃ、今日たった今から学びやがれ! 言わなきゃ伝わらねー言葉もあるって事をな!」

自分だけ恥をかくのは許さない。沖田は神楽に顔を近づけた。
「言わねーと公衆の面前で口を塞ぐぜ?」
「わ、分かったアル! ちょっと待ってヨ! ちゃんと心の準備をするアル!」
「い〜や、そんなモン必要ねェ。今すぐに言いやがれ!」

もはや神楽の愛の告白を聞きたいというよりは、自分も早く恥をかけとでも言っているようだった。
「――――き」
「は?! 聞こえねーよ! もいっぺんでェ」
「冗談じゃないアル! あんな小っ恥ずかしい事、二度と言わないヨ!」
「そうかィ。じゃ悪りィが口を塞がせてもらうぜ?」
言うなり沖田は神楽の顎をぐっとあげた。そのまま下に……。
しかしピタリととめた。神楽が抵抗しない。沖田はそのまま視線を神楽の瞳へとやると、震えながらも目をきゅっと瞑り、それを待っている様に見えた。
口をポカンと開けたのは沖田。
すると、下りてこない温度に気付いた神楽が目を開けた。
沖田が自分を見ていたことに気付き、カッと頬が紅潮したかと思えば、しどろもどろになりながらも神楽は口を開いた。

「だ、だって……こいつを貰うって……そういう事アル……こんな所でガタガタ言ってる場合じゃないアル」
つまりは、あの言葉に対して、OKを言ったも同然だと言う事。
沖田の口から滑り出た言葉は、こうして神楽の言葉で未来へと繋がれゆく。
そんな神楽を見ながら、未来の自分は、きっと神楽の尻にしかれているんじゃないかと沖田は思う。


ほんの一日前までは、自分にこんな未来が待っているだなんて考えもしなかった。
言葉に出した途端、自分はコレほどまでに神楽を欲していたのかと感心した。
どうせ、後に待つのは冷やかしと天罰が待っている。
ならば、今思う存分、甘い蜜を吸っておいてもいいかもしれない。
らしくない事を思った自分に、沖田は思わず笑みを見せた。そしていつまでも自分の言葉に対して何も言ってこない沖田に拗ね出した神楽をみながら口を開く。


「んじゃ遠慮なく……」
唐突に下りてきた、初めて沖田の唇から落ちて来た温度は、神楽には幸せすぎた。
そしてそれは沖田に対しても言える事であって、真っ暗で先が見えなかった二人の未来を、早くも照らし始めていた。


fin







 



拍手♪








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -