act 1

透き通った冬の空から落ちて来た雪は、隠したいと思った神楽の涙を容易く重ね溶かした。
いつもしてくるマフラーも、手袋も、今は何もなくて、手の先っぽや、鼻の先がジンジンと痛むのを涙の理由にした。

また涙が出てきそうになった神楽が上を向くと、鼻の奥がツンとした。
しとしとと降る雪は、神楽の頬を濡らしたのを理由に、また泣きたくなった神楽の表情を、簡単に壊してしまった……。





…………

「見合い話?!」
小さな声で言った神楽の言葉に、これでもかとお妙が食いつき豪快な声をあげた。
そして公園の座っていたベンチから腰をあげ、信じられないように神楽を見下ろしている。
「シィ〜! 姉御、声が大きいアル!」
右手のひとさし指を口の前で立てる神楽に、お妙はゴメンと手を合わせゆっくりと腰を落ち着けながら、謝った。

ほんの1時間前、相談があると神楽に呼び出されたお妙だったが、まさか神楽の口からお見合いと言う言葉が出てくるとは思ってなく驚きを隠せないでいた。

「その見合い話……お受けするの?」
お妙は神楽の顔を覗き込んだ。
「だって…………」
神楽はそう笑ったけれど、その顔は今にも泣き出してしまいそうだった。

江戸に来た時は、14歳とまだまだ子供だった神楽も、気付けばもう20歳。
大人の女と十分呼べる容姿へと成長していた。
今まで、父である星海坊主が、何度一緒に宇宙を回らないかと誘ったけれど、そのたび神楽はその話を蹴っていた。
父親の話に、魅力がないわけじゃなかった。
宇宙に出て、エイリアンハンターになるのは神楽の夢でもあったし、
行って、自分の力をもっと試したい、伸ばしたい。そう思う心だってちゃんとあった。

しかしそれを蹴ってでも、この江戸に居たい理由。離れたくない理由。
新撰組、一番隊隊長、沖田総悟の存在だった。

喧嘩仲間からはじまったこの関係が、思春期真っ只中の17歳の頃から、神楽の中で変わっていった。
その横顔、ささいな仕草、声、瞳……。気付いたら好きになっていた。
屯所から出てくる沖田に、彼の性格や性癖を知らない女の子が、頬を染めてラブレターを持ってくるたびに嫉妬心を露にし、返事がどうなるかと、心配でたまらなかった。

お妙にも、告白すればいいじゃないと言われたりもした。

けれど、もともと始まってしまった関係が喧嘩仲間だった事もあり、それを修正するのは、容易くなく、気が付けは先日成人を迎えてしまった。
父親である星海坊主にも、もちろん銀時にも、新八にも、神楽の思いは早いうちに気付かれていた。それについて彼らがどうこうとは言わなかったけれど、肝心の沖田はといえば、神楽の事を気にするそぶりなど、ひとつとして見せなかった。

実る見込みがない恋。
長い間見てきた父親が出した判断。それが今回の見合い話だった。
それが将来の娘の幸せに繋がると思ってこその。

まだ成人したと言えど、自分はまだ若い。だから結婚などする気なんてない、そう言えばよかった。
けれど神楽自身もまた、ここらへんが汐時なんじゃないか……? そう思う気持ちも正直あって、結局この話を受けたのだった。

「ねぇ、神楽ちゃんは、本当にそれで後悔しないの?」
お妙は言った。
そう言われるだろうと、神楽は思っていた。
逆の立場でもきっと自分は言うだろうと思う。
神楽は静かに首をふった。

「もう何も言わないでヨ。姉御にこの話をしたのは、自分の決心を誰かに聞いて欲しかったからアル」
いつも太陽の陽に笑う神楽の顔は、大人びて、それでいてやっぱり泣きそうだった。
そんな神楽の顔を見て、はい、分かったとお妙が言えるはずもなかった。

「神楽ちゃん。結婚の意味、ちゃんと分かってる?」
「分かってるヨ」
「いいえ。神楽ちゃんは分かってないわ。気持ちの中の全部を占めている男がいるのに、うまくいくわけないじゃないの。忘れようとする前に、まず神楽ちゃんはしなきゃ行けない事があるでしょう? 他の誰でもない、神楽ちゃんが始めたいと努力しなければ、何も進まない。神楽ちゃんがする事は、星海坊主さんを言い訳に、お見合いに逃げる事じゃなく、まず沖田さんに自分の気持ちを伝えてみる事じゃないかしら」

お妙の言葉に、神楽は痛い所をつかれ、いよいよ泣きそうになってしまう。
細くしなやかな手をきゅっと握り締め、下唇をぎゅっと噛んだ。

お妙に言われなくても、神楽にはちゃんと分かってる。
自分の気持ちを伝えなきゃ、まだ何も始まる事さえも出来ないと言う事。こんな事に逃げちゃいけないと言う事。
心の中の本音をお妙に見透かされた気がした。

けれど、本当は、こうして見透かして欲しかったのかも知れなかった。
止めて欲しかったのかもしれなかった。矛盾だらけだと分かっていても。

「でもっ! でももう無理アル! 今更止める事なんて出来ないアル! 私は……私は……っ」
切羽詰った神楽の表情に、お妙は柔らかく微笑んだ。

「分かった。神楽ちゃん分かったから落ち着いて。ね?」
お妙は神楽の両肩に優しく手をついた。
「お見合い……本当はしたくないんでしょ?」
神楽の本音。ゆっくりと首を縦に振った。
「でも、本当に今更アル。無理ヨ、中止なんて」
「相手は? どんな人なの?」
「分からないアル。でも夜兔族に匹敵するほどの力を持った戦闘一族って聞いたアル」
「いつなの? そのお見合いは」
「明日……午後一時。料亭での席で会う事になってるアル」
「明日?! そんな……あまりにも急すぎるわ」

神楽が内に秘めていただけで、本当は別に急でも何でもなかった訳だったが、お妙からしてみれば、確かに急だった。
どうしたものだろうかとお妙は頭を悩ませている。
「この事……銀さん達は知っているの?」
「うん。私から言ったアル」
「――――銀さん達は何て?」
「別に……何も。そうかって」

銀時らしいといえばそうなんだろう。
おそらく彼には彼なりの考えがあるのかもしれない。
しかしお妙的には放っておく事も、神楽に全て任せてみるなんて事も出来るはずもなかった。
お妙は神楽の手を握った。

「神楽ちゃん。私が助けてあげる」
「助ける……?無理アル、どうやって?」
「大丈夫。私に任せておいて」

神楽に不安を感じさせない様、お妙はふわりと微笑んだ。
不安に駆られながらも神楽が頷くと、お妙は膳は急げだとばかりに腰をあげ、神楽に背をむけた……。





・・・・To Be Continued・・・・・



 



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