act 55
約束の時間まで、あと十分、左手首にある時計を見下ろしながら、近藤は胸を高鳴らす……。
「話がある」
簡潔に、彼女の携帯にと送ったメッセージの意味を、お妙は、理解しているだろうか……?
彼女である、お妙と出会ったのは、かれこれもう何年前になるだろうか?
異性として、眼中にしてもらえなくて、もらえなくて……。
それでも、めげずに頑張って、告白なんて、何度したか分からない。
蹴られて、殴られるのは、愛の裏返しだと信じて、信じて、でも、それが、彼女に伝わったのは、いつだっただろう。
信じられなくて、何度も聞き返して、うざいと殴られて、でも、嬉しくて。
お妙との待ち合わせの場所に選んだのは、今流行のレストラン。
とは言っても、まだ行った事はなくて、あくまで、彼があこがれていた、一度、二人で入ってみたいな、そんな風に夢見ていた場所。
もういちど、時計に視線を落としてみる。
約束の時間の二分前。
近藤の胸の高鳴りは、とどまる事を、知らなくて。
彼女が約束の時間に送れてくる事は、いつもの事だったけれど、
今ほど緊張していた時は……。
「近藤さん」
柔らかい、お妙の声が、自分を呼んだ気がして、頭を上げて、ふわりと微笑んだ。
と、思ったけれど、彼女の姿はそこにはなくて……。
忙しい、仕事の合間、彼女であるお妙に逢いたくて、何とか仕事は早く終わらせては、こうしてレストランを予約する事もあったのだけれど……。
「今日は……」
来て欲しかった。
今日だけは……、彼女にとっても、大切な日に、なる日だったは……
「何、そのきったない顔」
背中に、かけられた唐突な声と、振り向き、目の前に、現れた姿が、果たして本物だろうかとか、今日の日を、楽しみにしていた彼女が、おめかしを、していたから、こんなに遅れたのか……とか。
思う事は、ありふれたのに、近藤の言葉は、涙で、消されて……。
「ほら、ちゃんと、拭きなさいな」
差し出されたハンカチを、涙でいっぱいに濡らして、彼女の顔を見下ろすと、そこには、ほんの、ごくたまに見せてくれる、お妙の笑顔があった。
「お妙さん」
出した声は、みっともなくも、男泣きにまみれた声。
でも、こんな風に、みっともなくもなれるのは、彼女の前だからこそ。
そんでもって、今日は、そんな彼女に、人生で、一度の大切な話をする日。
後ろポケットには、ほんのさっきまで、読んでいた、マナーブックや、おしゃれな店のパンフレットがぎっしり。
でも、彼には、そんな格好いい真似なんて、できるはずもなく。
みっともなくて、情けないような、でも、きっと、あったかい気持ちで、彼女の心を、掴んだはず。
・・・・To Be Continued・・・・・
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