act 44

「さかってんなよ……テメーには我慢っつー文字も無ェのか」
横からの声に、沖田はキーボードを打つ手を止めた。
そしてそのまま、冷ややかな視線を声を発した本人に向けた。

そこには呆れ顔をふくめつつ、心底楽しんでいる高杉の姿があった。

高杉の言葉に反論しようと思った沖田だったが、まんまと彼の策略にのる気にもなれなかった。
それはきっと彼の言葉が、あながち外れてもいなかったからだった。

沖田は短く息をつくと、何も聞かなかったかの様に席を立った。
台所にいくと、いつ飲めるようにと常備してあるホットコーヒーがある。沖田はそれをカップに注ぎ、一口、くちをつけた。

沖田には分かっていた。
きっと高杉の視線は今も自分に向けられたままだろう。仕方なくその視線にぶつけるように高杉の方をむくと、案の定視線はかちあった。

「禁欲ひとつも出来ねー奴に言われたくねー言葉だな」
沖田の反論の言葉に、高杉は目を半分にさせた。

確かに沖田の言う事も一理ある。どこだっていつだって好き勝手にやらかしている高杉には、相手を思い、うやまい、苦しい生活をし、その結果暴走した気持ちは分かるまい。

「どう言ったってかまわねぇが、テメーがあいつをビビらせちまった事は確かだろうが」
高杉の言葉に、沖田は再びだまった。
あの一瞬、神楽は確かに恐がっていた。
でも、何故? 一体何に?

もう何度だって神楽の体を晒したのは、自分だ。他の誰でもない。
暗がりだって、陽の光の下でだって、その綺麗な体を鑑賞するように楽しみながら行為をした。
神楽はいつだって綺麗だった。
真っ白な傷のない体は、いつ触ってもすべすべで、いつまでもくっついていたいと思う程だった。

神楽を抱いたのは一度や二度じゃない。
体のすみずみまで知っているつもりだった。
そしてそれが自分である事に、自分だけである事が、嬉しかった。

確かにお腹の中に赤ん坊がいるのは分かる。そしてそれを大切にしているのは分かっている。
だからちゃんと我慢していた。けれど周りをみていれば、皆それなりに体を通じて、大切にしながら、敬いながら、行為を続けている。

何故そこまで神楽が拒否をするのかが分からなかった。
だからあの時、意地になったように、神楽を求めてしまった。勿論、意地だけじゃない。ちゃんと神楽を愛したいと思う気持ちがあってこそだった。

沖田はカップを持ったまま、ゆっくりとソファへと腰を下ろした。
高杉だって、面白がってもいられない。沖田が多少じゃなくとも傷ついている事は分かっていたし、神楽は神楽であれ以来、まともに沖田と口を聞いていない。
こんな所でこじれてしまっては、後味が悪かった。

今回の事は、自分とまた子しか見ていない事で、また子が余計な事を言わなければ、ミツバやお妙経由から近藤や土方に話が漏れる事はないはずだ。

確かに面白いのもいいが、話がこじれてくるのも、面倒なのは事実だった。

高杉は椅子から立ち上がると、沖田と同じようにカップへコーヒーを注いだ。
そして沖田の向かい側のソファへと腰を下ろした。
カップからは蒸気が上る。
ずずっと音を発しながら高杉はまず喉を潤わしてから口を開いた。

「お前があいつに惚れすぎてるからだろう?」
「はぁ!?」
いきなり真正面に座ったと思えば、訳の分からない事をいいはじめた高杉に、沖田は顔をしかめた。

「あいつはいつだってお前のために綺麗でいたい。そういう事だろうよ。察しろ少しは」
いちいち高杉の言葉は遠まわしすぎる。沖田は未だ分からず、イライラとしはじめていた。
「惚れてて何が悪いんでェ」
「お前は一体、あいつの何処に惚れてんだ?」
「何処にって……全てでさァ」
「全てじゃ分からねぇ」
沖田は更にイライラとしはじめた。
神楽が拒絶したその理由を高杉は知っているのか? だったらストレートに教えて欲しかった。
けれどここで腹を立ててしまって、自分、そしてもしくは高杉が立ち上がってしまえば、せっかくつかみ掛けていた物を、みすみす逃してしまうことになる。それは避けたかった。

沖田はふてぶてそうにしながらも口を開いた。
「顔」
「だけか?」
「性格」
「あれの? マジかよ」
思わず高杉は笑ってしまったけれど、よくよく考えてみれば自分の女も人の事をどうこう言えるような性格はしていないので、すぐに笑うのをやめた。
「後は?」
「――――スタイル?」
低めの身長も、柔らかい肌も、華奢な体も、沖田にはたまらなかった。
まぁ、今は腹がでっぷりと出ているが……。
「何で今、間が開いたんだ?」
「何でって……別に。ただ今は腹が出ているから――――」
「醜いか?」
高杉から言われた、考えたこともなかった台詞に、沖田はすぐ反論した。
「馬鹿かテメーは。なんで俺がたったそれだけの事で……つーか今は腹の中に俺の子が入ってンでィ。醜いわけがねーだろう?」
「でも、あいつはそれを気にしていたら?」
やっと確信に触れたのか、高杉は満足そうに笑っていた。
ハッと気付いた沖田は目を見開いた。

「まさか……たったそれだけの事で……?」
「たったそれだけとお前が何百回思おうが、それがあいつに伝わってなきゃ……なぁ? 沖田?」

たったそれだけ? 沖田は思って止まない。
それだけで自分が神楽を嫌いになる筈がない。むしろ愛おしくてたまらない。
腹が出てきたと神楽に言われては、その中ですくすくと育っている神楽と自分の子が、こんなにも愛おしくてたまらなかった。

すぐには、実感が出来そうにないから、子供が産まれてくるまでに、ゆっくりと父親として自覚を持っていきたい。
神楽に妊娠を告げられた時、驚き困惑しながらそう思った。
その感情は、確かに成長し、こんなにも大きくなっていった。
しかしそんな思いも、確かに口にしなきゃ分からない時もある。伝わっていると思って言わないのは、結局ただの自己満足にすぎない……。

そう思うと、神楽の拒絶でさえも愛おしくなってしまった自分は、本当に重症だろう。

少しでも嫌われてしまったのかと悩んでいた自分が笑えた。
ただただ、思われていたんだ。小さな可愛らしい恥じらいを含めつつ、変わらぬ思いで、今もずっと……。


高杉はソファから立ち上がった。
「貸しひとつって事にしてやらァ。言っとくが俺の貸しは高けぇぞ」

高杉は椅子にひっかけておいた上着を着ると、腕にある時計を見た。
どうやら人と会う約束があるらしい。
「じゃーな。後はテメーで何とかしな」
そういうと、高杉は出て行ってしまった。

神楽の真意が人づてにだが分かった事も嬉しかった。
けれどそれより何より、それを自分に教えた人物が、まさか高杉とは思いもよらなかった。
沖田は、ソファに深く腰を沈めると、頭に両腕をやった。

そして上を見ると、おかしくて笑ってしまった。

「テメーに助けられるなんざ……俺もいよいよ終めェだな」



・・・・To Be Continued・・・・・

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