act 15


生暖かいその感触は、神楽が生きてきてこれまでの中で、記憶されていないに等しいものだった。
周りの騒然とした場の中心に自分が居るのは間違いない事なのに、何故か自分の聴覚には皆の声があまり届いていない様に思えた。
しかしそれもいつまでも長くは続かなかった。
じわじわと周りの声がリアルに届いていくと、まるで金縛りがいきなりとけたかの様ないきおいで沖田を吹っ飛ばした。

「ななっ……。なななな何するアル!」
まだ完全に覚醒していない自分の感覚は、言語までも被害を及ぼしている。
「――ってェ……。このクソ女っ……思っクソ突き飛ばしやがって……頭がイカレたらどうしてくれんでェ」
あわや障子を突き破るとこだったが、そこは何とか運動神経のいい沖田だからこそ回避できた様だった。けれど体は和室の中へと転がり、大きな柱で勢いあまって頭を強打した様で、頭を押さえながらも体を起こしていた。
「わ、私の所為じゃないアルっ……」

どう考えてもコレをやったのはテメーだろうが……。
沖田は首をひねりながら神楽の側へとやってきた。
神楽はまだ顔を、真っ赤に染めあげているが、沖田の方はと言えば、取り乱すまでいってなく、わりと平然としている様にも見えた。
だが実際はといえば、沖田の心臓も神楽以上に動いている。それを必死に隠そうとしている。そして彼はそれに関しては天才的に上手く……。
あたりの生徒は信じられないものを見るように、神楽と沖田を交互に見ている。
飄々としている沖田を他所に、神楽は頬を染め、今さっきまで重なっていたその場所を手で覆っている。
「なんでェ。たかがキス一つで大げさなんだよ。オメーは」
しらっと沖田が神楽に返すと、その言葉に噛み付いた。
「初めてだったアルっ!」
その言葉に沖田は唖然となった。
「な、オメー……だってこの間自分で……」
沖田の言葉に神楽は目をぎゅうっと瞑った。
「あれはっ……う、嘘だったアルっ……」
我慢出来ない様に神楽は恥じらいを見せ俯いてしまった。神楽のクラスメイト達は状況に気付いたようだったが、他のクラスの子達は、何がなにやら分からない。それでも興味は尽きないようで、けれどあまりその場にいると、いつ沖田と視線がかちあうやもしれぬ……と、ゆっくりと通り過ぎては、早々と噂話の様に花を咲かせている。
マジかよ、と呟いた沖田の言葉を聞くと、神楽はもう耐えれないとでも言う様に、唇を噛んだ。
けれど沖田からしてみれば、一週間前にさかのぼってその真実を自分に教えてやりたいと思うほどにテンションがあがっていた。
「何でそんな嘘……」
「だって……」
事の始まりは、もうすぐ修学旅行だと言う事でクラス全体がハイテンションに包まれていた時の事だった。丁度その日は午後からの授業が自習になったと言う事で、クラスは既に休み時間と化していた。
そんな中、修学旅行といえば、恋人達にはたまらない行事よねとお妙が言い出した事から始まり、話題はどんどんとそれ、何故か沖田は童貞かどうかと言う話題になった。このすぐ後に、高杉はどうかと言う話になったのだが、ひとまずそれは置いて置くことにして……。
そんな場の中、沖田はさらりと口を開いたのだ。
「俺が童貞なわけねーだろィ」
表には出さなかったが、神楽は思い鈍器で頭を殴られた思いがした。確かに沖田が童貞なはずはない、自分でもそう思ってはいたが、思っているだけと、実際に本人の口から聞くのとは、全然違っていた。放心している神楽に、こともあろうに沖田は話題を振った。当然沖田は興味があった。実は神楽より、ずっと……。勿論神楽はそんな事を知るよりもなく、そして何故か、経験どころか、キスさへもした事がない自分が急に恥ずかしくなってしまった。其処で出たのがこの一言。

「そん、そんなもの……とっくに経験してるアル。転校してくる前に、さっさと捨てたアルっ……」
軽はずみな言葉ではあったが、滑った口は、後はもう噤んでしまうしか道はなく……。吐いてしまった神楽自身も驚いたが、それ以上に叩き落されたのは、話を振った張本人の沖田だった。いつ、何処で、誰と……?聞きたくて仕方ない。言葉は喉まで出かかった。けれど情けないが恐くて聞けなかった。転校してくるまでの神楽を、知りたい様で、知りたくない。モンモンと感情の中に浮かび上がるのは嫉妬。
けれど、今日の今の今までその話題を二度とすることはなかった。そう、たった今神楽の言葉が、こんな場面で出てくるまでは……。
自分の中で沸いた感情が表情に出そうになったので、沖田は思わず掌で口を覆った。神楽が何でそんな嘘を言ったのかまでは分からなかった沖田だったが、聞きたかった言葉が聞けて、正直後はどうでもよかった。
しかしどうでもよくないのは神楽の方だ。口をわなわなとさせると、恥ずかしさと、恥ずかしさと、恥ずかしさと、後、実はほんのちょっと嬉しかった気持ちを隠すように、生徒の間、すり抜けるように、歩いていく。けれど再び生徒の中で、わっと歓声が沸いた。沖田がその生徒の波の中、神楽の手を後ろから掴んだのだ。
まるでドラマの様なワンシーンに、生徒は沖田の気持ちと、神楽の気持ちにシンクロした様に、興奮状態。心臓はバクバクと音をならし……。

よもやこんな所でこんな事が起こってるとは知らず、お妙達が観光を進める中、ミツバと土方がそれに気付き、そして、それはまた子達にもつたわって……。そして後ろの尋常ではない騒がしさ……。

ちょっとごめんね、通して……。

先に進んだミツバ達が神楽と沖田の側にやってくる、その先にはあの場面……。
今からもう、また子達の歓声がきこえてくる様な気がした……。



……To Be Continued…

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