act 20

「大丈夫か?!」
言いながら蒼は寧々の柔らかい髪をそっと手であげ顔を覗き込んだ。
思わず寧々は蒼から顔を逸らした。様子から見ると、今までのいきさつを、全くと言ってイイ程、蒼は気付いてないようだった。それは、寧々にとっても、群がっている女子にとっても都合が良かった。
寧々本人の意思とは関係なく、あっさりと蒼を、寧々は【素】に戻してしまったのだ。
文句のつけようがなかった。
しかし、寧々はそれどころではないらしい。必死に蒼から顔をそむけ、立ち上がろうとしている。が、すぐに痛っと声をだした。

膝がまだ痛んだのだ。それでも寧々は立ち上がるそぶりを見せた。
複雑な気持ちが心を絡める。今の状態で蒼の顔は見れない。しかし蒼は離さなかった。それどころか、もっと強く寧々の肩を掴んだかと思えば、自分の方へと引きながらゆっくりと寧々を立ち上がらせたのだ。寧々の膝には力が入らない。こうなると嫌でも体は蒼の腕の中へとゆだねられる。それを簡単に閉じ込めるのは、蒼だった。
「大丈夫ですかぃ?なんのへんてつも無い所で転ぶなんざ寧々らしいと言うか…。」
さっきまでの蒼が嘘の様に苦笑する蒼の腕の中で、寧々はただただ瞬きを繰り返す。
蒼の仲の良いクラスメイトである一人が、いつもの【奴】だと寧々との形をからかうと、離れるどころか、クッと笑うと、その抱き締めている手を更に強くしながら、「こいつは俺のモンでさァ。誰にも触らせねェ。」と不敵な笑みを浮かべた。

蒼の目の中に、くやしそうな女子の姿は入らない。どうでもいいからだった。

クラスメイトの中の殆どは、今の寧々が、どういった状況でこうなってるかを知っている。しかし口を開く気にはなれなかった。蒼自らが、自分の女と公言した矢先に、その女を突き飛ばした女が居ると分かった時の奴が、たったいままで機嫌が悪かった奴より更に悪化するのは目に見えているからだった。

「あ〜ぁ。擦りむいてらァ。歩けますかィ?」
寧々と真正面向き合いながら、蒼は寧々の顔を覗き込み声をかけた。寧々は教室のど真ん中と言う事もあり、両手で蒼の胸板を押しながら、顔を俯かせた状態でコクコクと頷いた。蒼はたくらんだ様な笑みを浮かべた後、寧々の耳元にピタリと口を押し付けた。
「ナンなら抱いて保険室に行ってもいいですぜ?」
顔を真っ赤にした寧々が蒼を真正面から見つめた。口はわなわなと震えている。先ほど上ってきたまんまの瞳にたまった涙も、うるうるとその色を演出させて見せていた。
「あ〜。やっべ。本当にやべェ。」
言うと蒼は手のヒラで顔を覆った。かと思えば有無を言わさず寧々の体をひょいと抱き上げたまま歩きだした。
声を上げたのは言うまでもない。
「ちょっ!やっ…止めてください!あのッ…下ろしてっ―――。」
恥ずかしいと寧々は顔を覆ったまま、その掌の下で懸命に何か言葉を叫んでいる。
「アンタが悪りーんだろィ?俺を誘うから。」
「さそ?誘ってなんかッ!あの、下ろしてッ!」
「おーおー。寧々さん。そんな大きな声も出るんですねィ。ですが今歩いてんのは廊下ですぜィ?人が振り返る、振り返る。皆アンタの事見てますぜ?」
クツクツと蒼は笑いながら、それでも歩き続ける。
そんな事を言われて、声が出せる寧々では無い事くらい蒼は分かっている。案の定口を寧々は閉じた。その顔を覆う小さな手のヒラを退かし、今すぐ唇に触れたい…。そんな衝動に蒼は駆られる。だから自然と足は早くなった。好奇の目で見る視線なんて、どうーでもよかった。むしろ自分が抱いている女が、自分のモンだと、皆に見せびらかせたかった。この女は、俺の大事な彼女だと―――。

......


下ろされた先、入った瞬間から気付いてた。少し鼻に掠める消毒液の匂い。ふかふかのベット…。
なんて感じる間もなく、覆いかぶさって来た男の体温…。声にならずに息を吸い込むと、その微かな音は蒼に届いた。それでも止まることはない。かと言って、これまで女にしてきたように、それだけの行為に没頭するわけではなかった。寧々をぎゅっと蒼は包むようにベットの上で、抱き締めた。


「恐がる様な事はしねェ。」
体を縮こめる寧々の顔のすぐ横、覆いかぶさった蒼の頭が見えた。ちらちらと怖いもの見たさで横を伺えば、蒼いピアスとシルバーのリング状のピアスがキラキラと光って見えた。
「綺麗…。」
寧々が思わず声を漏らすと、蒼はゆっくりと顔を起し、丁度寧々の真上に顔を持って来た。
「あっ。ピアス…。綺麗だったから。」
何処に顔をそらしても、真上から蒼に全て見られてしまう。それが分かっているからこそ恥ずかしく、たまらないように視線をキョロキョロと動かした。
「綺麗。寧々の方が、何倍も綺麗でさァ。」
蒼の言葉に視線が止まった。
「この柔らかい髪も、このぷくぷくしたほっぺたも、」
ゆっくり髪を、滑らすように頬へと…。

もう、視線は逸らせなかった。

「――何であんな風になってたんだ?」
蒼の突然の言葉に、最初、意味が分からなかったが、その後じわじわと込み上げて来ると、何とも言いがたい表情にと寧々の顔は変化した。
寧々の言葉を待つ前に、蒼は更に切り出す。
「誰かに突き飛ばされたのか?」
その葡萄色の瞳が、何かを物語った。
何で?気付いていなかったはず…。そう考えながら寧々は喉を鳴らした。確かに何も気付いていなかったのだ。しかしあんな風に転ぶなんて普通に考えればおかしいと、考えれば簡単に気付く。そしてあまり頭に入ってなかったが、思い出せば少しずつその片鱗が蒼の記憶に浮かんだのだ。確かに音と共に気が付けば寧々が崩れる様に倒れていたわけだが、その後あざ笑うような女の笑い声は、確かに蒼の聴覚に記憶されていた。

「俺の…所為ですかィ?」
寧々は頭を強く振った。何故振ったのは分かるような気がしたけれど、コレだと言う決定的な理由があったとはいえなかった。

「あたしが、弱いから…。あたしの弱さの所為…です。やっぱりあたしじゃ、皆みたいに―――。」
言ってるうちに、どんどんと膨らむ劣等感を、蒼が寧々の口を掌で塞ぐと言う行動で防いだ。
パチ、パチ。と瞬きをするのは寧々。
「俺はお前を弱いだんて思っちゃいねー。いや、やっぱちょっとは思ってるがだな、そこがまた可愛げがあると言うかなんと言うか…。」
まだ寧々はぱちぱちと瞬きを繰り返している。しかしその瞳の中に若干驚きの色が出始めた。
「弱いから惚れたってー事では確かに無ぇ。ただその儚げな所も惚れた原因の一つだって事でェ。つーかそんな事まだ気にしてたのかよ。前にもそんな事言ってた気がするが…。」
蒼の手の中で、寧々はぷっくりと頬を膨らませた。蒼はこの寧々の表情がお気に入り、つまりツボだったりする訳である。ゆっくりと掌を退かせると、寧々のぷっくりとした唇が、可愛らしく突き出ている。

教室から、たった此処までの距離で、もう何度目の前の女が欲しいと言う衝動に駆られたのか分からない。

寧々が自分に、本当に多くのコンプレックスをかかえている事は知っている。と言うか、この短い時間なりに過ごしてきた中でそう感じられることが多々あったので、分かってしまったと言う感じだった。弱いと卑下する部分さえも、正直愛しいと思えて仕方がない。自分を過大評価するより、ずっといいじゃないかと。

ただ寧々の場合は、その根っこの部分が、人よりずっと深いらしく、それは自分でも中々拭えないらしい。けれど、その根っこを浅い部分まで持ってこれるのも、自分だけだと蒼は思っている。
少し強く握り締めると折れてしまいそうな、細い手首も、潤んだ様に見上げるその瞳も、儚げな、けれど自分で一生懸命強くあろうとするその性格も、声に出せない程に、言葉であらわせられない位に好きでたまらない。

自分なりの、なけなしの告白で思いをぶつけたのは、ほんの少しの前の時間。そこから更に思いは溢れてくる。
自慢したくて堪らない。見せつけたくて仕方が無い。ただそれを寧々が嫌がるからと我慢しているだけだった。その限界が来ている。恐がる事はしない。これは自分にも言い聞かせた言葉だった。

他の女とコイツは違う…と。

理性との狭間で戦う自分だったが、せめてその唇くらい触れさせてくれ…。
そうゆっくりとその手を頬へと…、少し体がかたくなった寧々…。目の側の前髪をさらさらと触ると、ゆっくりと微笑みながら目を閉じた。蒼は安心したのと嬉しさが入り混じった興奮で心臓を鳴らし、自身の体ごとゆっくりと寧々に落としていった―――。






「蒼ォォォ!!アンタ停学って本当なの?!」

唇まで、あと数センチ…。
小悪魔のごとく邪魔をしたのは、何だと思う程に強くドアを開けた破壊音と、キンキンと煩く響く、息を切らした雅の声だった…。




……To Be Continued…

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