act 31

夏から秋に変わるすこし湿った空気が神楽の頬をすぅっと掠めた。
日頃騒々しい街並みからは考えられない程静かな景色。さすがオススメの場所だと思った。確かに静かではあるのに、決して寂しくない。沖田と二人、歩きながらそんな事を思った。沖田はといえば、この景色に感動してるのか、それとも電車を下りる時に、捨てた大量のお弁当箱のカスを人の目が面白く見ているのを思い出しうんざりとしているのかが分からない様な表情をさせていた。

「沖田、沖田。一体どんなお風呂があるアルカ?泡がぶくぶくって出るお風呂もあったら嬉しいアル。」
神楽の揚々とした声に、やっといつもの沖田の調子で口を開いた。
「さーなァ。俺も言った事ねーから分からねーけど。」
それはそーだと神楽は納得した。もし沖田がガイドブック並みに詳しさを見せれば、きっと自分は感動するどころか間逆の感情に一瞬で心を占められるに違いないからだった。
「ま、俺としちゃァ混浴が良かったが、さすがにそれはどーだろうなァ。」
「な、何言ってるアル。私は混浴なんて冗談じゃないアル。」
「ハッ。何照れてやがんでィ。今更混浴くらいで恥らう仲じゃねーだろう。」
「そんな問題じゃないアル!」
「じゃァ一体ェどんな問題でさァ。腹ん中にはガキまで居るっつーのに。アレだけの弁当箱を捨てるのは恥ずかしくもなんもねーくせに…。まったく女ってーのは何を考えてんのか分かんねーよ。」
呆れ顔で、しかし慈愛じみた笑みを浮かべた。神楽は口ごもり、それとコレとは…などとぶつぶつと何か言ってるらしかったが、目の前の景色が終着駅を見せたと分かると、神楽の瞳は途端、キラキラと輝いた。

「うっわァ――。豪華アル…。」
そう言った神楽の目の前には、確かに風格あるホテルがあった。驚きすぎて、足が止まったままの神楽の手を、沖田はゆっくりと引いた。期待と照れ隠しで神楽の白い頬は、ほんのりと色づいた。

「ち、違うアル!混浴じゃないやつで!」
入ってすぐ、静かで風格漂うフロントで神楽の声が響いた。隣の沖田は肘で神楽を小突いたが、神楽の意思は変わらない。
「いやいや、個室混浴でお願いしまさァ。」
「むむ無理アル。個室お食事付きだけで!お風呂は大浴場で満足アル。」

沖田の冷ややかな視線が神楽にちくちくとささった。どうやらあの沖田の冗談まじりの言葉は、彼の本音だったらしい。二人を前に、どうしたものかと苦笑いをするスタッフに、神楽は今一度混浴プランはいらないときっぱりと言い放った。明らかに不服だった沖田だったが、下心丸みえも格好がつかないのでしぶしぶ承諾をした。

案内された部屋は和室であり、一番だと神楽は部屋に入り、はしゃぎまくった。窓から見える景色も落ち着いており、今一度神楽はこの瞬間を噛み締めるようにと、景色を見ながらうっとりとさせた。

「ね、沖田…。」
振り向いた神楽は沖田を呼んだ。
「まるで夢みたいアル。電車に乗ってついたらこんな所があるだなんて…。」
どうやら神楽は大いに感動してくれている様だった。穏やかに微笑む姿を見ながら、沖田もつられるように柔らかい笑みを見せた。
「そりゃ良かった。オメーが喜ぶとコイツにもいいんだろィ?」
言いながら沖田は神楽のまだ殆ど膨らみを見せてないお腹に手をやった。
「うん。きっとこの子も嬉しがってる。私には分かるヨ。」
ふふっと笑う神楽に、ほんとかよ、と沖田が笑った。
忙しさにかまけてる毎日だからこそ、今日この時が生きてくる。
先ほどは下心ゆえに、ついつい自分がムキになりつつあったが、今日は存分に神楽を甘やかしてやってもいいだろうと肩に手を添えた…。

……To Be Continued…

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