act 7

沖田の背中をきゅっと引っ張るようにシャツを握るその手は、小さくて、それでいて恥らいを持ちつつ、しかしその手を離したくないとでも言う様に一定の力を保っている。
 確か沖田はこの駅じゃないハズ…。

当たり前に思ったけれど、神楽は口にしなかった。しかし駅をでた所で沖田が止まり神楽は思わずシャツを強く掴んだ。


「オメーの家は何処でィ。」
俯いていた顔をパッとあげた。照れ隠しに沖田は項を掻いている。
「い、家まで送ってくれる…アルカ?」

「仕方ねーだろうが。オメー送るまでその手を離さねェだろィ?」
あっと神楽はシャツを掴む手を見下ろし、離そうとした。けれど沖田に言われたように離せなかった。
変わりに神楽はコクンと頷いた。沖田はふっと柔らかく笑い、「しゃーねーなァ。」とゆっくりと歩き出した。

何のめぐり合わせでこうなっているのかも、今自分に降りかかっている現実も、全てこの時の神楽には全部関係なくなるほど神楽は嬉しかった。言葉に表せないくらい、嬉しかった。

沖田のシャツを握り締める神楽に、沖田が時折、伸びると抗議したが、その声はとても優しく、又、甘かった。

「気分は良くなったかよ。」
「う、うん。とりあえずは…治まったアル。」
「そうか…。」

短い会話だったが、この状況に対して、少なからず思わぬ感情に駆られているのは双方であって、仕方がなかった。そこから一時、沈黙が続いたが、沖田が急に止まり、俯いていた神楽が頭から沖田の背に突っ込んだ事で、神楽の可愛げのない声が響くという事で破られた。

「おま、何で急に、危うく舌を噛む―――。」
「あのさ、シャツがマジで伸びるから、こっちにしてくんねェ?」
「ハッ?」

沖田の顔を見て首をかしげ、そのシャツにと視線を移すと、そのシャツではなく、別のものが視界に入った。
ほらと差し出された沖田の手だった…。
言葉を失った神楽は、シャツを掴んでいた手をぶらんと離し、思わず其処に立ち尽くした。

しかし沖田が、もう一度ホラと催促して来たので、ハッと気付いた様に神楽はもう一度沖田の手のヒラを見つめ、豆が沢山できてるアル…。なんて考えながら、その手に重ねた。
沖田は神楽の掌が自分の掌に治まったのを確認すると、柔らかく握り、「これでシャツが伸びるっつー災難から解放されらァ。」と笑った。

少し表面がつぶれた豆でざらついていたけれど、以外にその手の温度が暖かく、そして手を繋ぐという、たったそれだけの行為が、自分達に起こっていると言う事実に、頭の中はぐちゃぐちゃ、手には掻きたくない汗がじんわりと、口はわなわなとしはじめた。けれど離そうと言う頭は一切なかった。

それでも照れ隠しに神楽は口を開いた。
「な、ナンか、お前じゃないみたいアル…。」
「なんでェ。何処が俺らしくないっつーんでさァ。」
「だって…。優しいアル…。」
「そりゃ、俺がおめーに聞きてーよ。」
「なんでアルカ?」
「全然らしくねーだろ?」
思わず神楽は口ごもった。いっそ、言ってしまおうか…。
神楽は衝動に駆られた。もしかしたら、沖田は何も言わず、それどころか助けてくれるかもしれない。

自分の事を汚いなんて思わないかもしれない。
神楽は思わず立ち止まった。沖田が何だと神楽を見ると、神楽が真剣な顔をしていたので、言葉も出さないまま神楽の事を見つめた。

いってしまおうか…。
沖田は、痴漢にあった自分の事を軽蔑するような人間ではない。
もっと、信じてもいいんではないのではないだろうか…。
この男の、この温かい手を、もっと、信じて…。

「あのね…。」
真顔の神楽から搾り出された声に沖田は喉をならし見守った。
「あたし―――。」

刹那、自分のあの場面が浮かんだ。
男の指で、体を、何度も、何度も小刻みにふるえらせた自分…。
目をぎゅっと瞑り、髪をくしゃと、口を震わせた…。
あの、公開された自分の姿を見た沖田が、今と同じ顔をして、同じように自分の隣に立ってくれるなんて保障

何処にもない…。

「なんでも…、ないアル。」

「何でもないってッ――――。」
言葉を出した神楽の表情が歪んでいたので、自身の言葉も思わず殺した。

おかしィだろうが…。こんなチャイナ…。

訳も分からない沖田も顔を歪ませた。が、そんな事をしても理由はやっぱり分からなかった。ほんらいなら、一番に気付くその可能性を沖田の先入観が邪魔をした。
あるわけないからと考えなかった。こいつに限ってと、その可能性を最初に潰した。

【痴漢】の二文字を…。




……To Be Continued…

作品TOPに戻る







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -