act 5


「沖田さんと一緒に帰ったらいいじゃないっスか…。」

今まで散々また子に茶化され続けた話が、こんな形で叶うなんて、夢にも思わなかった。

右斜め横を見てみると、まごうことなき沖田の顔が其処にあって、今自分に起こってる事全て泡となって消え去ってしまえばいいと思っていた自分の中で、唯一消えないでと何度も顔をちらり、ちらりと見てしまった。本当に沖田であって、本当に沖田が自分と一緒に帰ろうと言ってくれた事が単純に嬉しかった。

針山を強制的に歩かされている様な自分の唯一の寄り所。
時折ピタリとくっつく肘が熱を放って火傷をしてしまいそうで、けれど、こんな甘い熱にならいくらでも侵され続けたいと思っている自分がいた。
少し湿った夕方の風が神楽の頬をふわりと揺らした。ビン底眼鏡から見える夕焼けはとても綺麗で思わず見とれながら口元に笑みを浮かべながら歩いた。

「中々夕焼けっつーもんも綺麗なもんだな。」
沖田が自分と同じ様に、この夕焼けに見とれていたのかと、思わず神楽は沖田に視線をやった。神楽の視線に気付くと一瞬目と目を合わせたが、すぐに前を向いた。
「いつも俺が帰る時は夕焼けもクソもねーぐれェ暗いからよ。」
沖田の言葉に神楽はあっと言葉を詰まらせた。
「お前、今日部活はどうしたアルカ?休みアルカ?」
「あぁ、ちげーよ。」
「だったらどうしたアル…。」

「別に、ただお前が保険室から帰ってこねーし、保健室行ったらいねーし。そしたらお前が駆けて行くところを見てだな…。」
いらぬ事を言ってしまったと沖田は言葉を最後逃がし、頭を掻いていたが、その隣で神楽は真っ青になっており、まもなく立ち止った。左側に神楽が居ないとすぐに気付いた沖田は数歩引き返し、神楽の顔を覗き込んだ。手が若干震え、唇を噛み締めている。沖田は首をかしげた。

「オイ、大丈夫かよ。」
沖田の声にハッと気付いた神楽は一度唇をわなわなとさせたが、すぐに笑みを作った。
「な、何が?ちょっとまだお腹が痛いだけアル。」

そう沖田の顔を見たがすぐに視線を逸らし、歩きはじめた。そして数歩歩いた所でまた神楽は止まった。今度こそ眉間に皺をよせた沖田だったが不意に引かれた自分の制服に視線を落とすと其処には神楽の手が握られていた。
目の前には駅。神楽は俯いたまま動かない。一度沖田は時計を見た。電車の出発まであと10分。駅はもう目の前だし、別に急ぐ距離でもない。が、此処で雑談をする時間もない。そんな時、神楽の口が開いた。

「どうしよ…気持ち悪いアル。」
「ハッ?」

突拍子もない神楽の声に沖田は思わず間抜けな声をだした。しかし見ればやはり神楽の顔は真っ青のままであり、額には冷や汗がぷつぷつと出ている。其処に、ホームへ電車が入ってくるとのアナウンスが流れた。けれど神楽を見てみると口に手を当てて体を丸めしゃがみだした。迷った沖田だったが、神楽の体をひょいと持ち上げ、踵を返すと駅とは逆方向に歩き出した。

「この近くに確か小さな公園がある。そこまで運んでやっから待ってろ。」
抱かれている神楽に温かい沖田の肌が触れた。其処の部分だけが体に染みこんでいる毒素を浄化してくれている気がした。目を瞑ったまま神楽は沖田の言葉にコクンと頷いた…。

ピタリと感触が頭に感じられたので瞳をゆっくり開けてみると部活で使うはずだった汗拭きタオルを、水のみ場で濡らし額に乗せられていたのだと分かった。

「言っとくが、まだそれ使ってないですぜ。」
言いながら沖田は神楽の隣へ腰を下ろした。丁度影が二人を覆い真新しい夕風が鼻から入ってくるとなんとも言えない気分に駆られた。神楽は沖田の言葉に頷きながらすこし笑った。
「なァ。お前、どっか悪りィんじゃねーの?」
「何で?」

聞いたものの、自分の状態がおかしいのは勘の鋭い沖田なら何らかの形で見破るだろうと思っていたので言ったあと、愚問だと反省した。
「何で…てなァ。あきらかにいつもと違うだろうが。俺が嫌味言ってもオメー全然気付いてなかったろィ?」
言われて初めて気付いた様に神楽は寝たまま沖田を見上げた。
「マジでどっか悪いのかよ。」
額に重くのしかかるタオルを両手でぐっと掴みながら少し考えた。そしてふるふると頭を動かし振った。
「どうみても、おかしーだろうが。」
少し強めに聞こえた沖田の声。

「心配…してくれるアルカ?」
自分でも驚くほど汐らしい声が出た。そして恥ずかしくもあった。
「ばっかじゃねェ?」
帰ってきた声に口を尖らしつつほんの少しタオルをずらして沖田の方を見てみると、ほんのり顔が赤くなっている様に見えた。しかし夕陽がさしているのも本当で。それでも不思議に神楽の気持ちは温かいものが溢れた。勝手に漏れてきた笑みを沖田が見つけた。

「何笑ってンでェ。」
「別に。」
「ナンか腹が立ちまさァ。」
くすくすと笑う神楽の顔を沖田が見た、思わずその顔を見つめ返すと、それはとても優しいもので…。急に胸が締め付けられた。


「も、もういいヨ。次の電車、来るから行くアル。」
タオルを額から取り、ゆっくりと体を起すとすぐに沖田の手が神楽の体に添えられた。
「大丈夫かよ。」

頷きながら神楽は立ち上がり、足を踏み出した。その神楽の手を沖田が握った。あまりにも自然で、あまりにも普通に握られたその手が暖かく、自分の脈が伝わってしまうんじゃないかと思わず不安に駆られたけれども、その握られたその手の先から脈打つ音も、普段自分が生きている中での音より、ずっと深く、そして早いものだと気付くとどうしようもなく嬉しかった。

改札口、一度離された手がどうしようもなく寂しいと思ったのも束の間、その手は再び握られた。たった一本電車を遅らさせただけだったが、車内は十分空いていて、座席にゆっくり座れた。

しかしその電車内の独特の匂い、そして車内アナウンスを聞くと、まるで催眠にかかったようにあの時の場面がフラッシュバックして自分に襲い掛かった。握られた手をそのままに、神楽は窓の景色を見てみたが、鼻腔に直接刺激をかけてくる匂いに頭がクラクラとしてきた。

鼻の息をとめ口でスーハーと呼吸をした。が、耳までは防げない。各駅に到着する時に流れるあの機械音声が脳をぐちゃぐちゃと揺さぶった。沖田には絶対悟られまいと沖田とは逆方向を向いているが気持ち悪くて吐きそうになってきた。

そんな神楽の肩が震えているのに沖田が気付いた。神楽の表情を見ようと視線を送ってみるがその顔は見えない。仕方なくその肩にゆっくり手をかけた。神楽の体は大きくビクついたが振り向き其処にいるのが沖田だと分かるとほっと安堵の表情をさせた。
沖田は神楽の体を手をかけそっと倒した。一瞬驚いた表情させた神楽をそのままに、その華奢な体を自分の膝の上に寝かせた…。



……To Be Continued…

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