act 15

柔らかく細い手がするりと、自分の手の中から抜けた時、ほんの一瞬見えた泣いた影。
透明な形状を保ちつつ、その感情を込めた雫が下駄箱で揺れ、落ちた。焦りを覚えた感情は、もう一度その手を掴もうとしたけれど、自分の感情の中の一つが上手く機能せず、ただ、ただ、立ち尽くすと言う結果に終わった…。



「止めてよ。あーゆう事するの…。」
立ち尽くすその背に声がかかり、我に返った蒼はゆっくりと後ろを振り返った。
「分かってるでしょ?寧々が蒼の周りにいるような女の子と、違うって事。なんであんなこと、するの?」

ふわふわなショートボブの髪を風に揺らしながら、その瞳だけは真剣に蒼を見つめている。
蒼は、思わず口ごもった。

垣間見えた糸を手繰っていくと、もう、とうに答えなんて出ていると思いながらも寧々の顔を思い浮かべた。

視線は雅と重ならない。雅は唇を噛んだあと、じれったそうにもう一度口を開いた。
「クラスの女子の視線、思いっきり寧々に集まってた。
蒼も気付いてたでしょ?嫌だって、言ってたじゃない。寧々の気持ちもっと考えてあげてよ。もっと友達なら―――。」
「――――じゃねェ。」
微か雅が顔をかしげた。
しかしそんなそぶりを気にするような事もなく、蒼は考え込むように、顔を真顔にした。

初めは…、ほんの遊びだった。それは自分でも認めていた。
からかうと、必要以上にリアクションが大きくて、今までの女とは正反対に自分の事を毛嫌いされた。

近寄らないで。その小さな体で拒絶するたび、もっと、もっとと欲した。
小さく笑ってくれたその表情が見たくて、でも少し嫌がる顔も好きで…。

好きで―――。

「友達じゃねーから。」
雅が真顔で表情を凍らせた。あわせる事なかった視線に蒼自ら合わせた。
「俺ァ、あいつの事、友達だなんて思っていませんぜ。」
「何、言ってる――。」
表情をそのままに、なんとか言葉を出せた雅は、下駄箱から靴をだしてる蒼にはっと気付くと、その手を持った。


「待って。待ってよ。どうゆう意味…。」
「そのまんまでさァ。雅の頭にあるソレ。」
「だって、そんな事したら…。」
雅のその視線は、心配の色で揺れた。
掴んでいた手がするりと抜けるのを蒼は確認するなり、校舎を飛び出し走り出した。





校庭の真ん中を、その方が近いからと走りぬけ、道へと出ると、一直線に、あの日、送った道のりを急いだ。暗くよくみえなかったが、自分の五感がこっちだと言っていた。グンと更に足を速めると、ずっと先、角を曲がるその背中を見つけた。

ふわりと葡萄色の柔らかい髪が、まるでこっちへと誘うように曲がり角で揺れ、その姿を消した。すぅっと息を吸い込み、緩めていた速度をもう一度あげた。勢いがありすぎて、あやうく曲がれなくなりそうになり、手を角に引っ掛けながら其処を曲がると、手を少し伸ばせば届く所に彼女は居た。

その手を掴んだ。

ピタっと止まった背中、緊張が思わずコチラ側に伝わった。

肩を持ち引こうとしたけれど、その肩が僅かに震えているのが分かり、その手を引っこめた。ただ先ほど掴んだ手は、まだ繋がったままで…。強く握れば容易く折れてしまいそうだと思った。だからこそ、その手の力をほんの少し、でも逃げられないように、優しく掴み直した。



「好きでもねー女に、あーゆう事はしねェ。」
目の前の肩は震えたまま、少し俯いた彼女の髪が肩から流れ、少し項が見えた。
繋がれていない右手で、涙を拭うそぶりを見せた。抱き締めたいと言う衝動に駆られたが、正直動く事が出来なかった。

「いっぱい、モテてるの、知ってるヨ…。」

蒼に言ったというよりは、自分自身に言い聞かせている風に言葉が出された。
「寧々とあってからは、そーゆー事は止めてまさァ。」

見えない表情の向こうで、スンと聞こえた。蒼は一歩近づいた。
「何であたしなの。まるで漫画みたい…。もの珍しさで、自分に靡かないのが気に、なって、とか。あたしそんなつもりじゃなかった。だから、近づかないようにして…たのに。」
最後になればなるほど声が震えた。

「俺が勝手に惚れただけでェ。寧々の何処がどうとか、上手く言葉に出せねェけど、とにかく俺はアンタに惚れてる。」


寧々が空を見上げた。またスンと言う音が聞こえたけれど、どれだけその頬が濡れてるのかは分からない。寧々の髪が風に舞って、蒼に届いた。鼻先に髪がくすぐった。

「分からない…。」
空を見上げたまま、寧々が呟いた。
声はちょっと鼻声で、でも儚く、壊れそうで――。

柔らかくその肩に蒼は手をかけると、一瞬震えたが、ゆっくりとその表情を寧々は見せた。
鼻のてっぺんがちょっと赤く、その瞳は水を帯びた様に潤んで、少し上にある蒼の顔を見つめた。

小さく可愛らしい唇を、きゅっと噛み締めるようにしていたが、何かを言いたそうにゆっくりと開いた。けれどやっぱり勇気が足りなかった様で又噛み締めた。

華奢な体を、ゆっくりと、けれど強制させないように引いた。
二人の間、30cm。

引かれながら、動かなかった寧々の体。けれどひかれるうちに体制を崩し、足を前にやったと同時、ゼロcmになった二人の距離は、くっ付いた。

ただただ立ち尽くす寧々の体や手は力なくぶらんとしてるだけ、けれどその肩に回される力と熱にクラクラとしながら、探る様に蒼のシャツをくしゅっと掴んだ。

鼻先にシャツがあるその事実がいまいち信じれなくて、心臓から送ってくる信号の早さに自分の体なのに驚いた。

抱き締めた彼女の香が思ってたよりもずっと柔らかく落ち着いていて、思わずこの腕の中に、ずっと閉じ込めておきたいと願った。肩から伝わってくる熱も、体越しに伝わる心臓の唄も、全部、全部大好きだと、離したくないと、その手に力を込めた…。

体温がこんなにも、温もりがある事を、たった今初めて分かった気がした。肩を触っても、髪を撫でても、腰を抱いても、何処からでも、その脈を感じる事が出来た。少し早いビートを刻む、この少女の心臓を動かしているのが、自分であると言う事に、愛おしさを覚えた。




「す………き。」

耳を澄ましてないと、聞こえない程の声で、寧々は言った。
嘘だろィ?思いつつ力を入れている肩をそっと浮かした。ゆっくりと顔をあげた寧々の顔は、ほんのりと淡く染まっていて、可愛くて仕方なく、その頬に思わず手をやった。

「スキ…。になっていいの、かな。」
切なそうに笑うその顔が堪らなく、顔を傾け、そっと温度を落とした。
すぐに離れてみれば、寧々のその瞳は開けられたまま…。
「むしろお願いしてやってもいい位でさァ。」


言うと、ふっと寧々は柔らかい笑みを作った。
その寧々の顔を見る蒼の顔は柔らかく、しかし真剣だった。何を言う事なく、寧々はその色を静かに瞑ると、それと重なる様に、もう一度唇を触れさせた。
誰にもした事のないくらいに、柔らかく、それでいて優しく、甘く…。



……To Be Continued…

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