act 11

つるつるのシルクの布を、彼は大切そうに扱う。ねェ。違う。あたしはそれじゃない。ぼろぼろの布は叫んでみるけれど、彼は全く気づかず、そのシルクの布を、大切に、大切に扱う。ねェ、あたしはこっち。ぼろぼろの布は叫んだ。
目を細める彼の腕の中、シルクの布は勝ち誇った様に笑った。あたし、だって、そんなに綺麗じゃないよ。そんなに繊細でもない。そんな風に扱わなくても、そんなに弱くない…。
ボロボロの雑巾は、次第に、泣き声を細く、細く。

ボロボロの布の様に、もっと、強くなりたい…。

鏡越しに映った二つの布は、どちらも自分。どちらも手の中にあって、どちらも選べない。繊細で、強くなりたいのになれない。
叫びたいけれど、言葉が出てこない。叫び方が分からない。泣き方は?ねぇ、教えて。人形みたいに何も話せなくなるのが恐い。
笑い方を忘れるのが恐い。ねぇ、あたしの影を溶かさないで…。

車を降りた土方は、当然の様にミツバの部屋に入る。部屋に入ると、当然の様に腰を下ろした。ご飯食べる?ミツバの声に、当然の様に頷く。
冷蔵庫をチェックして、今作れるものを探す。近頃、本当に逢えなかった所為で、本当に何もない。土方は先にシャワーを浴びてくると脱衣所に向かう。ミツバは分かったと微笑んだ後、財布を持って、歩いてすぐのスーパーに向かった。
買い物かごに土方の好きなものを入れて行く。ふと、神楽の泣き顔が浮かんだ。あたし、あんな風に泣いた事、ないな…。微か、ミツバは笑った…。

幼馴染。
その名前が付いた鎖から、いつまでも自分は縛られているような気がする。双子の弟である総悟と仲が良く、小さい頃から一緒だった。
最初に好きになったのは、どっちからだっけ?どちらともなくだった。幼馴染の延長で、いつの間にかって感じだった。
それでも嬉しかった自分。クールな彼が、ほんの一瞬見せてくる照れ隠しは、自分だけのもの。体の弱めの自分を大切にしてくれているのは分かる。触れるときは、いつも壊れないように、そっと、そっと。そんな簡単に壊れないよ、あたし。
言いたいけれど口が開かない。嫌われたくなくて、いつもうんと頷きながら、笑った。まるであたし、お人形みたい。仕事が忙しいから逢えない。分かったと、いい子みたいに笑った。泣き箱の中に感情の欠片を一つ入れた。

ね、笑わないで、泣きたいんだよね、本当は。ココロの中でどれだけ思ったか分からない。でも、笑った。だって、恐かったから。唯でさえ、あの人、表情が掴みにくいんだもの。いつだってクールで、大体ムスってしてるの。
怒ってるの?何度聞いたか分からない。怒ってなんかねェ。怒ってるじゃないの。思っては泣き箱にしまった。逢えない、逢えない。思っては泣き箱にしまった。やっと逢えた今日。どうして貴方はそんなにいつも通りなの?神楽ちゃん達がうらやましい。お妙ちゃんみたいに、喧嘩しながらなんて、素敵と思わない?あたしだって、喧嘩してみたい…。
あたし、そんな聞き分けのいい子で居たくないのに…。でも殻の中に閉じこもっているのは自分自身。

ね、泣き箱の欠片、一つ、あの人にぶつけてみない?あたしの中のあたしが言う。だめ、絶対に駄目よ。
ほら、やっぱり出来ないじゃないの。自分自身が嫌で、また一つ泣き箱が重くなった。お妙ちゃんみたいに、大声で怒鳴って、蹴ったり、なんてあたしには出来ないけど、やってみたいな。またちゃん見たいに可愛らしく頬染めて、拗ねてみたいな…。
神楽ちゃんみたいに、大声で泣いてみたい…。いいな…。こんな自分――いや。
「ミツバ!」
暗い帰り道、一歩一歩、ゆっくり、ゆっくり歩いているミツバの前に、息を切らした土方が居た。

「あっ。ごめんなさい。冷蔵庫に何もなくて、近くのスーパーにね…。」
「今何時と思ってやがる!」
「――ごめんなさい。」

あ、また泣き箱が重くなった。そんなに怒らなくてもいいじゃない…。思ってはみたけど、やっぱり口が開かない。手の中のビニール袋をぎゅっと握った。分かってるよ。心配してくれたんだよね。だって、頭からまだ、ポタポタ雫が落ちてるもの。
それにTシャツが濡れてる。きっと、凄く急いでくれたのよね。重いだろ、貸せ。なんて、いつも、なんだかんだ言って優しいのは、分かってるの。
ただね、あたしなんだけど、あたしじゃない。本当のあたしは、もっと感情の底で、色んな感情の欠片を持って、泣いてる。気づいてって。本当は叫んで、気づいてもらえるようにしなきゃいけないのにね…。

気づいてもらえるの待ってるんじゃなくて、自分で言わなきゃいけないのにね…。
.....

元々、どちらともが、話すタイプではない。一言、二言、会話をしては沈黙になることも少なくない。そして、今日もそんな日だった。
「悪かったな。逢えない日が続いちまって。」
「ううん。いいのよ。十四郎さんも忙しかったんだし。」
『――――。』
「あっ。焼きそば、味濃くないかしら。」
「あ、あぁ。丁度、…いい。」
もっと、何か、何か…。

ミツバは俯き、唇をきゅっと結んだ。どうして自分はこうなんだ。付き合ってほやほやと言うわけでもない。なのに、いつもこんな感じ。むしろ、皆と居るときの方が、ずっと自然体で居られる。かといって、キスしかした事のない。
なんて言う学生の頃とも違った。全部乗り越えてきたにも関わらず、何故か先に進んでいけない自分達に、余計モヤモヤしていた自分。
考えれば考えるほど。ぐちゃぐちゃになっていく自分が、顔がくしゃりとなる表情を見せたくなくて、急に立ち上がった。堪えてきた物が、目頭までのぼってきた。体が震えた。

「あたし、お風呂に入ってくる…。」
震った声を何とか出せた。まだ箸の途中にも関わらず席をたったミツバを土方が見上げたが、残ったのは、振り返った背と残り香だけ。
パタンと脱衣所に入った時には、泣き箱から溢れた感情が、ひとつひとつの雫になって、その味をしょっぱく、瞳から溢れさせていた。
嗚咽を聞かれたくなくて、そのままシャワーをだすと、服が濡れた。一度流れた涙を止めようとする事よりも、漏れる嗚咽を聞かれたくないと思う考えの方が強く出てしまう。思わず座り込むと、あっと言う間にスカートは染みを作り、瞬く間にびしょびしょになったが、とにかく土方にはバレたくないと、必死で口を覆った。

出来るだけ、出来るだけ、この声を掻き消して…。
ミツバはシャワーの中に頭を滑り込ますと、髪からザーザーと流れた。

早く泣き止まなきゃ、早く泣き止まなきゃ…。
思えば思うほど、泣き箱の欠片は減るどころか、増えていく。土方の前で泣けない自分、ほんのちょっとの欠片から、泣くほど悩んでいる欠片。溢れて減っては増え…。しだい嗚咽は大きくなる。一度堰を切った感情はどんどんと増幅していく。体の弱い自分に、ココロの弱い自分…。

「ミツ…お前…何して…。」
声の直後、勢いよく振り返った自分。確かに涙の後は水が流してくれたが、その奥の赤く残る跡までは隠せなかった。
土方は浴室へと入ってくるなり、急いで蛇口を閉めた。既にびしょ濡れになったミツバを目を見開き唖然と見る。俯くミツバの中で何か儚く壊れた。あれほど泣いたばかりの瞳には、真新しい欠片が形を変えて流れて、隠し切れない嗚咽を一緒に吐き出した。
それでも聞かせたくないと息を止めるように堪える。が、しゃくりあがる喉は正直に音を漏らした。ならばと顔を両手で覆った。

土方はバスタオルをミツバの体に巻きつけた。泣き止まないミツバの体を浮かせた。震えるミツバの体はふわりと抱かれ、そのままリビングへと…。
あまりにも突発的な事で、土方自身、正直動転していた。バスタオルの下の彼女はびしょびしょに濡れたまま。その体は震え、泣いている。
こんなミツバを見たのは初めてだった。バスタオルの上から、ミツバを抱きしめた。全然優しくなく、今にも華奢なミツバが壊れそうに…。ぎゅっと。ぎゅうっと…。


……To Be Continued…

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