act 12
「悪かった…。」
土方の言葉に、ミツバは頭を振った。髪から水が飛び散った。そう。だけど違う。もっと、根本的な所のものなのだ。
「違うの。違うのよ。あたしが…もっと、あたしが…。」
涙を飲み込み、息をとめてみるが、すぐに苦しくなって嗚咽と一緒に出てきてしまう。土方はミツバの両手を掴んだ。俯くかと予想したミツバだったが、顔をあげ、泣き箱の欠片を、ひとつ、またひとつ、開放するように瞳からしとしとと、落とした。
コクンと喉がなったが、その視線を土方から逸らす事はしなかった。
「拗ねてみた…い。大声だして、十四郎さんと喧嘩してみたいの…。
もっと、皆みたいに…言いたい事、言って。怒ったり、泣いたり、笑ったり―――。」
ふわり、柔らかい感触が唇に感じた。ミツバの冷たくなった温度が、土方の温度に侵食され、温かみを取り戻した。
「馬鹿やろう…。泣くくれェ溜め込む前に、俺に言えばよかったじゃねェか…。」
しとしとと、変わらず涙は落ち続ける。
「だって、だって…。」
感情が高ぶり、震えだした唇。スンとなる鼻。それら全てを、目を細め愛しそうに土方はみる。ふっと柔らかく笑ったあと、ミツバの頬に手をやった。まだ濡れているミツバの頬はひんやりと冷たかった。
「喧嘩してみるか?」
イタズラに笑う土方に、ミツバは拗ねた様に首をふる。
「…いや。」
くっと笑い土方はミツバを抱きしめた。
「自分じゃ気づいてねェだけだ、おめェは。鏡で面見てみろ。しょっちゅう拗ねてんじゃねェか。無意識に頬膨らまして機嫌悪そうにだってしてらァ。」
目を、ぱちぱちと。
「そ、そんな事…。」
「い〜や、おめェが機嫌損ねるなんざしょっちゅうじゃねェか。電話の声も不機嫌になるし。気づいてねェだけだ。」
まだ残っている、泣き箱の欠片をそのままに、ミツバは掌で頬を拭った。そして口を尖らせた。
「そんな事ありません。」
「ほらな。拗ねてやがる。機嫌悪りィ面が目立ってんよ。」
「怒ってません!」
「怒ってンだよ。そんなほっぺた膨らまして、まるでハムスターだな。」
「――なっ。違います!」
ミツバの頭を土方の大きな掌がぽんぽんと、撫でた。
「おめェは知らなくても、俺は知ってる。自分じゃ気づいてねェが、コロコロよく表情が変わってンぜ。」
本当に…?ミツバは見上げる様に土方をみつめた。
「まぁ、さすがに、泣いたのはビビっちまったけどな。」
「…ずっと、泣きたかったの…。」
変な奴だなと、笑いながらも、土方の、その眼差しはいつもよりも、ずっと、柔らかかった。
「まだ、泣きてェか?」
ううん。ミツバはほんのりと笑った。そうか。土方は呟いた後、バスタオルで体を包んだまま、柔らかく唇を押し付けた。
「もっと、触れてたい…。」
微か離れた唇の間からミツバは呟いた。ぐいっと土方は口を塞ぎ、噛み付く様にむさぼった。
いつも重ねてくる唇と、何か、いや、決定的に違った。ミツバは流れに身を任せるように、唇を開くと、ザラリとした感触が舌を絡めた。
ミツバの後頭部から、うなじに手を這わせ、ぐいっと引いた。窒息しそうな程、重ねられた。
ミツバは鼻から声を漏らした。
びしょびしょに濡れたシャツに土方の手が這う。肌にぴたりとくっついているシャツの隙間を、少しずつ、その手はぬうように進む。
いつもと同じように恥らう肌、いつもと同じように恥らう顔。それでも、今日は、ほんの少しの勇気をもって、その首へと、白い腕を絡めた。
ぎこちなく重ねられたミツバの唇は温かく、そのココロに火をつける。濡れた服を、じれったそうに脱がしていくその動作に、思わずミツバは嬉しくなる。そして思わずふふっと笑ってしまった。
土方の顔は、瞬く間に火照った。
そんな土方を、ミツバはイタズラな目で見上げる。
「そんな十四郎さん、初めてみたわ。」
「――わ、悪りィかよ…。」
ううんとミツバは首をふった。
「凄く、すごく嬉しいの…。」
そういって、淡く染めた頬を見た土方は、ミツバの首に顔を埋めた。
吸って、舐めたと思えば、甘噛みでやまない官能を…。
晒された光の中に浮かび上がる裸体に、今更ながら土方は喉を鳴らす。
その音は部屋の中に響き、ミツバの聴覚へと甘く呼びかけた。小さな喉をコクンと鳴らすミツバに、落ちてい影。
いつも触れていたその柔らかい肌を、無遠慮な手が掴んだ。大きめな手にすっぽりと入り、揉みしだかれる喜びに、ミツバは震え鳴く。
その先にある突起を、強く吸う。ちっとも、ちっとも優しくなくて、初めて見せる、余裕のない、彼の表情。
優しく突かれていた自分には、想像も出来なかった。こんな気持ち。
壊れそうで、壊れそうで…。
でも甘くて、熱くて…。
幸せな気持ち。
求め、求められると言う行為が、こんなに素敵なものだと、こんなに余裕のないものだと、こんなにも没頭する行為だと、今日、初めてしった。
噛み付く様に、掻き混ぜるように、ただ、ただ夢中に…。
こんな行為、知らない。こんな幸せな行為、知らなかった…。
自然に涙は伝った。
泣き箱の中身が、音をたてて、泡になっていく。しゅわしゅわになって、消えていく。その小さな泡の中には、頬を膨らましていたり、拗ねていたり、笑っていたり、泣いていたりしている自分…。
そしてその、どんな自分の隣にも、ちゃんと、切れ長の目をした、いつも瞳孔開きぎみの、男がいた…。
ふわり、ふわり、最後の泡は、大きく形をつくり、上に、上にとあがっていく。その中には、布団の中に素肌をさらして、寒くないようにとくっついている二人の姿があった…。
……To Be Continued…
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