act 2

「―――寧々、教科書忘れちまった。」
そう言いながら、早くも蒼は、寧々の席へと机をずらし、くっ付けた。
葡萄色の髪を揺らし、恥ずかしそうに頬を染め、寧々は、机と机の真ん中の溝に、教科書を置く。
相変わらず葡萄色に隠されたその表情は見えにくいが、ストレートヘアから覗くその淡い色見たさに、蒼は近頃毎日その台詞を口に出していた。

満足そうにその顔を見ていると、左斜め前から女が振り向く。

「不純性行為してる、蒼。」
オレンジ色したきらきらの目で、蒼をひと睨みしながら、雅のお気に入りの午前の紅茶をちゅーと飲んだ。
「どこが不純性行為でィ馬鹿ヤロー。」
雅の言葉に蒼は噛み付いた。
「内気な寧々が可哀想!きっと嫌がってるもん。ね、寧々?」
雅は、寧々の机にしゃがみこみ、寧々の顔を覗き込んだ。寧々は、言葉に詰まってるようで、何も口にしない。
「ほら!蒼の事が恐くて、話さなくなったもん!って事で寧々から離れてェ。」
雅は、蒼と寧々の机を離そうとした、それを蒼が止めた。机を挟み、あちら側とこちら側で押し合いが始まる…。


――――ただ今、授業中。現在、五時間目の真っ最中。けっして休み時間では無い。

始業式のあれ以来。ベランダ側の隅っこ。端の端から、寧々、蒼。その斜め前に雅、隼人と、偶然近くなった席のおかげが、一週間ほどで、瞬く間に話す機会が増えた。授業中であろうが無かろうが、寧々のあの顔見たさに蒼は毎日ちょっかいを出す。
寧々は毎回その顔を赤く染め上げる。蒼が調子に乗る。
そこで雅が中に入る。近くなった席のおかげで、高校生活、この内気な性格の所為で、一人で居る事が多かった寧々に友達と言うものが出来た。
明るい、元気で、かわいい友達。ちょっとずつ、言葉を交わし、雅だけに、その微笑は向けられた。
相変わらず、極度の恥ずかしがり屋と、内気な性格は何一つ変わらなかったが、雅と話す時は幸せそうに微笑む機会が多くなった。
その可愛らしい微笑みを初めて雅が見た時、嬉しくて寧々に抱きついた。
雅は、主にこれまで特定の誰か…と言う事はなく、誰でも、簡単に話しかけて、友達になっていたが、初めて、いつも一緒に居れる、
自分とは正反対のとても可愛らしい女の子が友達になった事を、喜んでいた。
放課後、休み時間、ご飯…。いつも一緒に居る寧々。
そこにちょっかいを毎度毎度かけてくる、ウザイ蒼と、隣の席で、同じく自分にちょっかいを出してくる双子の片割れ、隼人らと行動する事が、自然に多くなっていた。

「蒼最低。ほんっと最低。あ〜やだやだこんな男ぅぅ。」
悪びれも無く言う雅、可愛らしい小さな口をイィィ〜とし、舌を出した。蒼はわなわなと震える。
そこまで来た所で、傍観者だった隼人が口を出してきた。
「蒼、雅、いいからその辺にしとけ。授業中。」

隼人は蒼の方に、その視線を流した。
(そんなに言うほどまじめに授業なんざ受ける様なやつじゃねェだろうが…。)
蒼は思ったが、その瑠璃色に隠された感情を汲み取り、机から手を離す。雅はきょとんと隼人の方を見たが、その時には既に前を向いていた。

結局、机はくっ付いたまま。寧々はことばを特に発する事無く、授業はそのまま再開された。

.......

「ね、ね、隼人、この問題分かる?」
やっと静かになったと教師がため息を付いたのも束の間、突然の雅の言葉に、隼人はほうずえを付いたまま、顔を向けた。
雅は、教科書をトントンと指差す。隼人はげんなりとその表情をオレンジ色の瞳に映す。
何故こんな問題が分からないんだ?そう言いたげな瞳だった。雅は真剣な瞳で語る。
馬鹿じゃねェの?隼人は思う。そしてその言葉を声に出していた。

気づくが遅い。雅は頬を大きく膨らましてにらんでいた。そしてあからさまにフンっとそっぽを向く。
そんな光景を蒼は後ろから口元をあげ見る。雅は前の席の男の背に、つんつんとシャープペンの先で突付いた。
前の男は振り返る。あのね、教科書をトントンと指す。
あぁ、ここはね…。男は振り返る。雅のふわふわな髪と男の髪がくっ付く…。雅の表情は真剣そのもの。
よくよく見ると、男の表情は、目と鼻の先にある、その長いまつげ、オレンジ色の瞳、小ぶりの唇をちらちらと見ながら淡く染まっていった。

そんな事に雅は気づくはずも無く、ココは?じゃぁココは・とつぎつぎに聞いていく。
隼人は左手でほうずえを付いたまま。しかし蒼は、その視線だけは、隣の光景をたびたび追って居ることに気づく。いたずらな瞳でクツクツと笑ってると、急に隣の寧々が席をたった事に気づく。横を見上げてみると、俯いたまま教師の下に足を向けた。どうやら蒼はまったく聞いてなかったが、個別にプリントを配ってるらしかった。
特に誰も気にはとめてなど居なかったが、寧々は恥ずかしそうに俯いて歩く。次々と名前を呼ばれ、立ち上がる生徒。
席と席の間は、其処まで広くない。蒼の名前が呼ばれた。蒼は立ち上がる。寧々はプリントを貰い引き返していた。俯いたまま歩く寧々に、蒼は危なっかしい様な感情を覚える。このまま真っ直ぐ自分が歩くと寧々は気づく事もなくぶつかってしまうか?蒼はそう思いながら、道を逸らそうとした。すると、自分と寧々の間の生徒が教師に呼ばれ、蒼が確かに考えた様に、寧々は男子生徒に頭から突っ込んだ。儚い声でゴメンナサイとつぶやく。この時点で蒼の顔は珍しく不機嫌に変わっていた。

隼人の様に、ポーカーフェイスを崩さない訳ではないが、崩れにくくはあった。
寧々の為にと変更した通路を引き返す。

そして、寧々の方でもなんてベタなと思う展開が待っていた。
頭を離した時に、制服のボタンに髪が絡まったのだ。また、儚い声で、あやまる。男子生徒は、穂のかに顔を染めながら、ちょっと待ってと寧々の髪に触った。そんなに絡まってる訳ではない。すぐに取れそうだ。
其処に声が響いた。

「触ンな!」
蒼の一声に、教室が凍りつく。男子生徒は固まる。
蒼はつかつかと男子生徒の元に行き、絡まってる髪を退けた。
思わず立ち尽くす男子生徒に、一線送る。すると生徒はオズオズと動いた。
はっきりいえば、何処にも男子生徒に落ち度はない。ただただ酷かった。
寧々は、耳まで赤くなりながら席にへと戻った。

教室のド真ん中、光景に魅入った全生徒。女子生徒の中には隼人や蒼が手を出している居るわけで、どんな視線を向けているのか、容易に想像できた。雅はきょとんと蒼を見つめた。ふむ…。ちょっと考えたが、深く考えるのを止めた。隼人は、あの日以来、本人が自覚する前に気付いていた様で、今更?などと呆れた。

雅は、再び前の男に声をかけた。男は振り返る。雅は、顔の前でお願いの可愛いポーズを無意識に取って見せる。どきゅんと打ち抜かれたその男子生徒は体を後ろに完全に向ける。再びふわふわの雅の髪が男子生徒の髪に触れた。男子生徒は顔をあげる。雅は一生懸命教えてもらった問題の解き方を実践する。至近距離の男子生徒の唇にふわりと雅の髪が触れた。
刹那、効果音が音を裂いた。片割れの双子の場所から…。

雅は、問題の集中を妨げられ、頬を膨らまし、隼人を見る。
「は、隼人?何してるの?」
真っ二つに折られたシャープペンを拾い、唖然とした。隼人は雅の声に応答する事は無かった。
その、ある男子生徒を、ただ、睨むように射抜いていた。真っ青になったまま男は前を向く。雅ははっとする。
ね、ちょっと待って。まだ問題の分からないトコがね…。
そう生徒の背中をぺちぺちと叩く。

隼人は両手で、雅の机と、座ったままの椅子を自分の方へと引く。雅は、ぅひゃっと声をあげた。
簡単にくっ付けられた席に、雅は唖然とする。
「何処が分かんねェの?」
隼人は、折れたシャープペンを後ろに体制をそのまま放り投げた。降って来る折れたシャープペンを蒼は簡単に掴み取る。鼻で笑う。
雅は、しばらく頬を膨らませていたが、少し意地を残しつつ、教科書を指した。
先ほどの態度とは裏腹に、教えるその態度があまりにも優しく、雅は口をポカンとあけたのだった…。

蒼は、折れたシャープペンを寧々に見せた。寧々は瞳を大きく広げた。
「こ、コレどうしたんですか?」
珍しく声を出した寧々は、自分で驚いていた、直ぐに口を噤む。
「すげェだろィ。隼人がやりやがった。」
蒼の言葉にちょっと好奇心をもった寧々がちらりと蒼を見る。
「ほん…とに?」
「マジマジ。ナンなら俺も出来るぜ?やってやろうか?」
話すキッカケにと蒼は思ったが、予想外に寧々が食いついてきたのと、まるで尊敬している様な眼差しをみていると、ついついライバル心が湧き出てきて、口を滑らした。蒼の言葉に寧々は、駄目だといいつつも、本当にそんな簡単に折れるの?そんな面持ちで見ていた。蒼は手の中でくるくると回していた自分のシャープペンを持ち変えると力を入れる。瞬く間にシなるペン。だったが、其処に、寧々の手が重なってきた。
両手で包み込むように。思わず蒼は動きをとめた。

「やっぱ、駄目です。モノは、大切にしなくちゃ…。」
珍しく自分をまっすぐに見るその瞳は髪と同じように葡萄色に、透明を混ぜた様な瞳をしている。
思わず魅入った。寧々は、今更ながら照れたように手を退けた。
触れた先の温度は、瞬く間に乾く。すぐにでも欲しいと思うこの気持ち…。

先に気付いたのは、多くの女の子を相手する、百戦錬磨の男達の方。

今まで、真っ白だったパレットの上に、まずは茜色と、瑠璃色を出した。そこに葡萄色とオレンジ色をくるくると混ぜた。とりあえずいまの所、パレットの上には…。


――――恋愛模様。



……To Be Continued…

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