act 6

後ろは振り向く事が、恐くて出来なかった。体が硬直して動けなかったからだ。
神楽は、息を吸ったまま止まっていた。吐き出す事を忘れているように。
真正面を向いたまま、其処から目が離せない。恐らく、今の自分はホラー映画のヒロインも真っ青な表情を作り上げている。そう思う事が一瞬出来た。
指一本自分の意思で動かす事が出来ない。ゴクン。唾が喉を通った。すぐカラカラになった。
恐怖や、恐いものを見た時に出る、あの高い女特有の叫び声。きっとアレはフェイク。

人間、本当の本当に恐ろしいものを見た時は、声が、出ない。

鏡ごしに自分に叩きつける視線を見ながら神楽は、そんな事を考えた。
決して余裕があった訳じゃない、きっとその逆。頭の回線がショートして、まともな思考が働かなくなったのだと。

入り口のドアに背をつけている、沖田総悟は、壁から背を離した。
ホテルの手洗い場みたく、女性が何人も化粧直しできるほどのスペースはここには無い。
普通の、ごくごく普通の…。ゆえに、その距離は無い。

先ほどの涙は何処へやら、正直恐かった。
この男は、自分の彼氏だと言うのに、恐かった。初めてこの男を本当に怒らせたと思う。
やきもちなんかの話しじゃ終わらない気がした。だから逃げようとした。
冷静?そんなのあるわけがない。人間なんて、咄嗟にどういう行動を取るかが分からないものだと言う事がコレで分かった。

神楽は、沖田を押しのけ、其処から逃げようとする。当たり前だが、あっさりと捕まえられてしまった。
壁際に貼り付けにされた。神楽の瞳は恐怖で引きつる。口をパクパクと開けるだけ開けた。
「何やってんのお前…。」
間、20センチ無い。沖田の色が光に反射する。
「ご、ごめ―――。」
「何やってんだって聞いてんでィ。」
「――――ッっ。」
恐かった。その低い声も、睨む瞳も。全部。話せなくなる程に…。
「俺が必死で堪えてやってたのに、テメーは暢気に男あさりかよ。あほらしくて泣けてくるな。」
その言葉に神楽は、恐怖で引きつった色に光を与えた。
「ちが、違うアル…男あさりなんか…。ただ、ただ…。」
そこまで言ったとこで口を噤み、言えない自分がもどかしく唇を噛んだ。
その言葉を聞いた沖田は、瞳の光に影を落とすのをやめた。しかし、まだ機嫌は悪い。
もっと女として見て欲しかった。そんな台詞が神楽に言えるわけが無い。ただ言わないと誤解をとけずこのまま。
沖田の口から、神楽が一番恐れていた言葉が出てきてしまう…。

しかし、いつもでさえ素直になれない神楽がこの言葉を出すのは、思ったより難しかった。
口を開いては、言葉に出来ず飲み込んで…。自分の性格がいやでいやで…。
自分の中で、勝手に興奮した涙が、両目から伝った。それでもまだ言葉に出来なくて、鼻を啜りながら先ほどの行動を繰り返す。

そんな神楽の頬に、手が添えられた。
「何をそんなに溜めこんでやがる。言ってみろィ。」
滲む視界に見えたのは、いつもの沖田だった。
神楽は鼻をスンと鳴らしながら、ゆっくりと沖田に抱きついた…。




……To Be Continued…

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