act 4

――――喉を鳴らした。

乾いた喉を、又、意味もなく鳴らす。
隅に居た男は、呼吸を止め、唖然とした。その隣の男は、今まさに消そうとした、吸いきったタバコを持つその手を止め、唖然とした。その隣の男は…。

男は…。


トレードマークのチャイナ服は影も形も無い。街娘や、かの有名な寺門 通などの定番服、膝上15cmの短い着物は、恐らくお登勢が用意したものだろう。少々落ちている照明でも明るく深いあじのある緋色に真っ白なユリが咲き誇っていた。その下には真っ白なハイソックス。
長くふわりと揺れる撫子色が、着物とよくマッチして似合っている。
そしてチラリと見えるその真っ白な太股は、誰でもが魅入ってしまう程のものだった。

いつも殆ど、化粧をしないその肌は、つるつるで、化粧がよく映えた。
色は殆どつけていないが、グロスを使用しているのか、その唇は瑞々しい。

「神楽ちゃん、ほら、座りなよ。」
殺伐とした、空気を独特の雰囲気を持つ、義正の声が、無理やり裂いた。
硬直した様に立つ神楽の顔を立ちあがり、義正は覗き込む。どうかした?。そう言った。
その言葉に、ひゅっと息を吸い込み神楽は義正の方に顔を向けた。
「神楽ちゃん、どうかしたの?額に汗が…。」
義正は、神楽の持つお手拭きの一つを取り、それで神楽の額を拭く。神楽は動けない。金縛りの様に。
「ほら、座って、食べなよ。」
義正は、にっこりと笑ってみるが、神楽の顔は真っ青になっていた。しかし淡い照明の所為か見えにくく、気付かない。
神楽は、そのまま身を翻し、離れようとする。その手を義正が取った。
思わず神楽はその手を払う。
「あっ…ご、ゴメンアル。ちょ、ちょっとダケ、すぐ戻ってくるネ。」
空笑い。本物の空笑いを神楽はした。しかし義正には利きめがあったらしく、その表情は柔らかく、頷いた。

土方は、新しいタバコに火をつけ、長く、煙を吐き出した。それには、ため息も混じっていた。
義正を見ると、全くと言っていい程、気付いていないらしかった。この禍々しい色に…。大した奴だ。
土方はそう思う。まるで自分の周りの空気を浄化している様な雰囲気さえ醸し出している。
隣に座っているだけで、チリチリと、焼け付くような殺気が、自分の体を刺す。土方は反隣を見た。近藤は、死んでいた。泡を噴いて、まるで此処から逃げ出したいとでも言う様に…。

土方は、沖田の足を軽く蹴る。すると帰って来た瞳はこの照明の中でも容易に分かるほど深く、深く、その冷めた紅の色を刻んでいた。
土方は顎を入り口の方へ向けた。沖田は全く動くそぶりを見せない。一度、土方はその額を覆う。そしてもう一度、沖田の足を蹴った。すると、あからさまに舌をならし、席を立つ。
すると、それに気付いた義正が、沖田と土方に、どうしたのかと声をかけた。そこで近藤は正気に戻る。
土方の意図が見え、とりあえず義正の気を自分の方へと向けさせた…。

....

「――――総悟、お前いいから帰ってろ。今回の事は俺一人で対処しとくから、」
すなっく、【お登勢】。通りには、既にあちら、こちらの店へと消えて行く人の影、その店から出てくる影とが、混ざり合っていた。
土方は、今日何本めかのタバコから、息を吐いた。そして口を開いたのだった。
沖田は店を出てから一度も言葉を口にしてない。そして、今の土方の言葉にも全く反応を見せなかった。
土方は、大きなため息を付く。頭を掻いた。肩に手をかけ、引く。
「ほら、いいからお前は―――。」
そう言いかけた言葉を、喉を鳴らして飲み込んだ。
暗く、翳った、その瞳。自分に向けられる殺意そのもの。とばっちりも、いいとこだった。

言葉を話さないんじゃない。話せないんだと土方は気付く。
恐らく、ギリギリ、ギリギリの所で精神を繋いでいるんだと。近藤の手前。暴れてはいけない。
その理性一本で、自分を抑えているのだと。だからと言って、帰れるわけが無い。沖田の、神楽への執着が半端なものではない事を、この男も知っているからだった。
今のこの沖田の状況に、土方は、正直感心さえしていた。これがもし、もし近藤が絡んでいなければ、簡単に暴れて、神楽は引きずり出されていたに違いない。

土方の説得も虚しく、沖田は土方の手を払い、中へと戻る。土方は舌を鳴らす。そして二階を見上げた…。

近藤は、沖田の姿を確認すると、ムンクの叫びに近い、いや、それよりも酷い表情を見せ付けた。
しかも、肝心の土方の姿が見えない。
トシィィ?!何処行ったのぉぉ!?
そんな遠吠えが聞こえてきそうだった。沖田は近藤の隣に座った。

沖田は帰る気などさらさら無かった。今自分が帰っても、近藤が気をきかせて全員で帰っても、神楽自体はまだこの店を終えるわけではないのだから…。

そこに、神楽が現れる。沖田の姿を確認すると、顔を分かりやすく引きつらせた。
が、しかし、あくまで仕事中。しかも自分が引き受けた仕事ゆえ、途中で投げ出すわけにはいかなかった。
神楽は、目をつぶる。ふぅ。息をゆっくり吐いた。そして沖田の待つ席にと向う。

神楽の姿を確認すると、義正はすぐに声をかけてきた。
今日はまだ、手をつけられてない肉まんを進める。が、神楽は、今日は忙しくなる日になりそうって、今言われたからと上手くそれを交わした。

先ほど注文されていた、水割りをそれぞれの前にゆっくり置いていく。義正は、神楽にありがとう。そういいながら受け取った。神楽は軽く微笑む。近藤の前に置き、沖田の前に置こうとすると、手がカタカタと無意識に震える。その所為もあり、コースターの上に置いたと思ったグラスの安定感が悪く、カタンと音を鳴らし、沖田側へと水割りは流れていく。神楽は焦る。奥からタオルを取ってくる。

その間、まったくの沖田は無反応だった。神楽がドジをするのは、日常でもよくある行動だった。
沖田と一緒にご飯を食べにいって、グラスを引っ掛け、沖田の方へと溢す。そんな事しょっちゅうだった。
そんな時、声に出し、笑いながら、二人して片付ける。
『本当、おめー、ドジばっかでさァ。』
たまらない様に口を開く沖田。今は何処にも無かった。

テーブルの上を片付けつつ、沖田に思い切りかかった水割りを一生懸命拭いて行く。その震える手を沖田は掴んだ。顔をあげ、沖田を見る神楽の瞳は恐怖で震えていた。
「もう十分でさァ…。」
酷く、冷めた瞳…。無表情で言い放たれた言葉に神楽は愕然とし、俯き、唇をかみ締めた。ほんの一瞬止まった体を、やんわりと沖田から離す。すると、入り口の方に、影が見えた。神楽は視線をやる。

土方の姿が見えた。神楽はほっとしてしまう。
その後ろから、もう一人の影を確認すると、神楽は思わず口を開いた。

「――――銀ちゃん。」

......

実に、実に奇妙な一枚…。
角に近藤を置き、そこから隣に沖田、隣に土方。向って銀時、隣に神楽、隣に義正との、なんとも言えぬ席順。
何故、神楽は座っているか。それは銀時が顔をだした事から始まった。
珍しく顔ぶれが揃ったと言う事で、少しの間、神楽も座っていいとの、ありがた迷惑なお登勢の言葉からだった。
神楽の隣で、銀時は、かつてない程面倒くさそうに、頭を掻いていた。
その真向かいでは、同じように土方も首を項垂れている。

先ほど、土方は階段を上り、乱暴に二階のドアを叩いた。
うるせェよ!コンチクショー!と言う声と共に出てきた銀時だったが、土方の話しを聞くにつれ、その顔は青ざめていった。銀時も、今回の事を知っていたと言う事に、土方は目を吊り上げる。
面倒になるのは分かってた事だろうと。それが例え、今回の事を抜きにしてもだ。
それを止めるのが、保護者じゃねェのかと。だったら、今すぐ沖田を引きずってでも帰れ!、それが保護者じゃねェのかと口を大きく開き、銀時は目を吊り上げた。
危うく取っ組みあいになりそうな所だったが、こんな場合じゃねェと土方は冷静さを取り戻し、とりあえずお前も下りやがれと言った。当たり前だが、銀時は嫌がった。

万が一、万が一、沖田が暴れた場合、自分ひとりではキツイと、土方は正直に言った。それ程までに奴はキテる…と。そうなると、とばっちりが結局自分の元へと飛んでくるのは目に見えている。
長く息を吐き出すと、銀時は、だから俺ァ嫌だったんだよ…。そう漏らした。

.....

義正は、沖田の目の前で、神楽に笑い、他愛も無い事を話しかけた。近藤は沖田の隣でエクトプラズムを口から吐き出している。沖田は神楽の目の前で、ただただ冷めた視線を神楽に向けていた。神楽は、義正に話しを振られては、それを、銀ちゃんはどう思う?ね、銀ちゃん。銀ちゃんはいつもね、銀ちゃんならね…。
と、いちいち助けてと言うように、銀時に振った。沖田からの視線が痛く、出来るだけ、義正とではなく、銀時なら、少なからず知っている人物だからと。

距離も、おずおずと銀時に近づく。銀時は、俺にふんじゃねェ!と冷や汗を流している。
それでも、神楽は助けてとでも言う様に銀時に話しを振った。銀時の袖をクイクイと引き、返答を求める。
銀時は、は・な・れ・ろ!と言うが、神楽は全くもってききゃぁしない。

銀時と神楽のスキンシップに沖田が業を煮やして居る事は、土方も、近藤も、当たり前の様に知っている事実の一つだった。
むしろ、この義正と言う男が現れるまで、タブーの言葉と言っても良かった。
銀時の事も、神楽の事も、信用はしている。が、感情と言うものはそんなに簡単にいい子ばかりでは居てくれない。

オイオイ…。そう冷や汗を背中から流しながら、沖田の瞳が落ちていくのを見つめたのだった。

その密着度が高く、親密せいが高い銀時と神楽をみた義正が、何か言いたそうにしているのを近藤は気づく。
近藤が、体のいい、言い訳を口から出そうとする前に、義正は、何かを決意した様に口を開く。
「あ、あの。そのお二人は…。とても仲が言いように見えるのですが…もしかして、お付き合いを――。」
義正が頑張って口に出した質問は、小さな破壊音に、語尾を消された。
一声に、音のほうへ振り向く。
握り潰され、原型から崩れたグラス…。手の中には破片が握られていた。滴る水分と共に、真っ赤な鮮血がテーブルを染めている。破片と化したグラスは形を変え、テーブルに散らばっている。そこに照明が反射して、淡い色を作り上げていた。
沖田総悟の表情なんて、、、何処にも無かった…。


……To Be Continued…

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