act 16

「銀さん…僕あんな神楽ちゃん見てられませんよ」
「あぁ…確かに俺らは出産ってモノを甘く見てたのかもしんねェなァ」

神楽の部屋の前、ベンチに反る様に座り銀時は天井を見る。新八も同じようにそこで天井を見上げていた
部屋の中からは、殆ど泣き声に等しい神楽の悲鳴が絶える事無く聞こえてくる。
子宮全快になったと分娩室にと入ったのは先程。
服はビッショリと汗の模様を形とり、髪は汗でべったり肌にくっついていた。
部屋から出てくる神楽の様子を伺えど、こちらに視線を寄せる余裕も無いほど憔悴しきっていた。
それでも間隔が殆ど無くなった陣痛の波は、とことん神楽を苦しめた。

いくら夜兔とは言え、出産において、同じ女には変わりなくて、その痛みも苦しみと、何一つ変わらなくて…。
素直に心が痛んだ。
神楽は、少なくとも、やっと出来た自分の繋がりある家族だ。
それは新八も同じであり、もっと言えば、お互いに手を繋いで居るミツバとお妙だってそれは強く言える事だし
反対側のベンチに座っている、何処からか灰皿を勝手に持ってきてニコチンに侵されて居るこの男だってそうだといえる。
そして、仕事を早くキリを付けて駆けつけた近藤と山崎にも同じことが言えれるのではないかと思う。


自分にもう大切な人は作らない。失ったとき自分が傷つかないようにと張っていた糸をぶちぶちと切り入って来た仲間とも家族とも言える者たち。
ぬるま湯の様に、それは心地よくどっぷりはまって今更抜け出すことが出来ない。
しかし、どうだろう、いつしか抜け出そうと言う気さえ無くなってしまった自分が居る。
この場所が自分の場所だ。それを強く主張でき始めたのはいつからだろう…。

家族とも仲間とも言えるこいつらが、自分にとって譲れなく、それで居て大切に思えてきたのはいつの事だったか。
そして、この者たちを軸に、その輪は無限大に広がっていく。何処までも広く、深く…。
それがちっとも嫌じゃなくなった自分が、結構気に入っていて…。
些細な事で幸せを感じられるのも、些細な事で笑えられる事が出来るようになったのも奇跡だと思う。

そして、俺の大事な姫さんの心を、魂ごと奪っていったこの男…
扉の前で、ただひたすら拳をきつく握り締め立つ男…。
この男の事でさえ、憎さ半分、可愛さ半分になっちまった。

そしてまた新たに家族が増える。ひとつの命が加わる。後数ヶ月もすりゃまた家族が増える
どんどん大切なモノが増えちまって、重くて抱えきれなくなっていく…
だが、それを抱えるために、生きていくのもいいと思える様になったのは…

きっとこの馬鹿野郎共が、結局のところ…すきだからだろうなァ…。


....


もしかしたら、壊れるんじゃないか…本当は思った
あんなに顔引きつらせて、背中擦ってる俺の顔…見えてなかった
改めて、命を産み落とすと言う事に思わず身を震わせた

時折ふと思い出すように、俺の手を恋しいと握るあいつの手
細くて、ちっちゃくて、この小さな体で本当に大丈夫か・壊れはしないだろうか…?
恐くなった。どうしようもなく…。こいつを失うんじゃないか…
俺は一人になるんじゃないのか… … … … 

耐えられなくて、それでもその先には踏み込むことが出来なくて、自分の出来ることなんざ一つもなくて…。
あいつがよく願い事に使う神様とやらに願いたくなる。
仏でもいい、仏壇でも、地蔵でも、先祖だろうが何だろうが、俺を産み落とした母ちゃんや父ちゃん…
全てに何を賭けてもいい

ただ…ただ…無事で…。二人が無事で居てくれれば…俺ァそれだけでいい…

きつく握り締めた拳を、心臓の前で握り締めた…










突如…神楽の悲鳴じみた声が止む。顔をあげたのは、立ったのは、皆同時…
その直後に、初めて聞く、産まれたばかりの赤ん坊の声を聞いた――――


顔をそれぞれ見合わせた。その顔には笑みがたちまち広がる。
お妙とミツバは、早くも掌で、目じりを拭っている…
近藤は山崎と抱き合い、土方はつけたばかりの、タバコを惜しげもなく消した…

新八はソファから勢いよく立ち上がって、銀時に満面の笑みを向ける
銀時は死んだ様な目に、生気を宿した…。

皆それぞれが、分娩室の前に立っている総悟の元に駆けつけるのと、その扉が開き、先生が出てきたのは同時だった。

「抱いてやってくれますか…?」
柔らかい笑みで先生が言った。


ふわりと香るのは、神楽の匂い…。柔らかく、そっと総悟の腕に舞い降りた天使………

吸い込まれそうな空色の潤んだ瞳、まだ小さくて、ちっちゃなビー玉みたいで。
それでも二重瞼の中にはちっさいながらも、おおきい光を宿していて…。
まだ少し拭った血の跡があるが、その細い髪は、マシュマロの様に柔らかく、桜色で…とても可愛らしかった。
小さな手は、総悟の人指し指ほどしかなく、思わず食べてしまいそうな程愛しかった

時折、くわっと小さくあくびをすると、まだ何もない口内が小さく見え隠れした。
ちっちゃな手の先を意味もなく動かすそのしぐさがどうしようもなく可愛らしく、顔が和んだ

「ちっちゃいねー」
「可愛らしいわー」
「銀さん、神楽ちゃんにそっくりで、とっても可愛らしいですよ」
「そうだなァ…べっぴんさんじゃねェか」
「チャイナさんに似てきっと美人になるぞ」
「本当にかわいいですねー」
「あのちっせぇ体にこんなのが入ってたのかよ」

包むように口々に言われる台詞…

「総悟ぉ、おめで…」
近藤が赤ん坊から視線を上げながら口を開く、それは途中で途切れた。
近藤の様子に、同時に顔を上げていくとそれぞれの瞳が大きく開く…

頬にいくつモノ筋を作る。茜色の瞳は、筆で水をまえた様に、潤み綺麗に流れた
いくつも…いくつも…

「…っ…クソ…俺ァ…止まらねェ…」
落ちてくる涙を何とか止まらそうと頑張ってみるが、その深い思いは溢れ、
その気持ちの分止まる事は知らないとでも言うように…。

隠したくても、その手は愛しい者を抱いていて塞がった。
キラキラ光るその空色を飾るように、産まれたばかりの肌にぽたりと色づける。
その雫は、その白い肌を滑り落ちていく

白い頬から、ぽたりと落ちる瞬間に、再び上からの頬からつたった感情の粒が、頬にへと伝う

もらい泣き…それは本当に起こるもので…。
元々感動していた胸の奥底にある感情の粒をすくわれた。
お妙とミツバの頬は真っ赤にへと変化し、その瞳からは留まることの知らない。『嬉しい』の感情が涙として一緒に外に溢れた。

目頭を押さえ、何とか留め様と頑張ってみるが、それは男達の瞳からも流れ落ちていく…

先生はそんな姿を見て、優しく微笑んだ…


……To Be Continued…

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