act 3

「じゃあ、又来やすんで・・・」
ぱたりとドアが閉まる

お妙が、毎回、上がったらどう?と聞くが、遠慮した
あいつが、俺に顔を見せたがらないから・・
玄関の方から、ソファに座っている姿だけがちらりと見える
それだけで十分だった

まだ、中に入る事は出来ない。それでも、こうやって、あいつの元気な姿を確認さえ出来れば
それでいいと思っている。ありったけの食料を、毎回妙に託ける。
何か見透かすようにお妙えは微笑む。

時々銀時の姿も確認できたが、あえて入れとはいわない。それは新八も同じだった
つわりは治まり、通常の食事が出来るようになったと、お妙に聞く
お妙の、ダークマターを食べさせないように、新八がキチンと毎日作っているようだった
栄養価の高いもの。毎日、たまごかけご飯や、豆パンにならないように、沖田からのお金からも出し
食卓には、普通のご飯と呼べるような物が集まる

それを聞くだけで安心できた


いつも、スーパーに寄って、神楽の好きなものを寄って買っていくのが日課となる
相変わらず、顔は見せないが、時々視界に入る顔だけでも安心できた

スーパーの中で、ふと自分の左側に違和感を覚えた

(そうか・・、俺の左側には、いつもあいつが居やがった・・)

何もない、誰も居ない、左側を、見る

   ・・・・

「おま!一体どれだけ買えば気が済むんでさぁ」

「何言ってるアル!まだまだ買うネ!」

「大概にしろや!誰が払うと思ってンでさぁ」

「ふふ・・私の事がぁ・・・・大好きなぁ・・・・・新撰組一番隊隊長・・沖田総悟・・・デショ?」


「バ〜カ!ほら、早くしろィ」

「嬉しかったアルか?照れてるネ!総悟かわいい」


馬鹿が付くほど甘かったあの会話。
当たり前の様に、側に居た影
ふわりと笑いながら、自分に絡みつく腕。小さな口から覗く歯
ふわりふわりと、舞う髪
ねだるような甘い声
赤く染まる頬。
かご一杯に溢れかえる食べ物、それでも嬉しかった。


その全てが愛しかった、自分の左側が、とてつもなく寂しくて、むなしさで、胸が痛くて仕方なかった
目を瞑れば、今でも、あの時の光景と声が、頭の中に、ありありと浮かぶ
それにさえ、嫉妬出来た。もう一度、その腕の中の神楽を返してくれと・・

どうせ俺の元には、来ないなら、其処でしか笑ってくれないなら、頭の中から、どうか消えてくれ・・
そうでないなら、今すぐ俺の腕の中に帰ってくれ・・帰り道、たまらず視界を片手で覆う
目を瞑っても、瞑らなくても、アイツは俺の頭ン中では、ずっと・・笑ってやがる・・

思わず食料の入った袋を、きつく、きつく、握りしめた…。

・・・・・・・・・・

「ったく。何であいつら素直じゃねぇんだ。誰の為に俺がいちいち教えてやったと・・・」
窓を見ながら、ぶつぶつと言っている土方に、今しがた入れたばかりの渋いお茶が出される

屯所、土方の部屋、其処にミツバは来ていた
もちろん近藤にも、もう会っていた。よければ沖田に、とも思ったが、あいにく留守
もちろん、一番の目的は、この不機嫌な男に会いに来る為だったが・・

空は暗く、虫の音が、いいBGMにとなる
涼しい風を受けながら、土方はタバコの火を、今しがた消した所だった
イライラするあまりタバコをつけたが、消した後、余計にイライラし始めたため、初めて逆効果だったと後悔した

「はい。熱いから、気をつけてね。十四郎さん」
名前を呼ばれた事で、ふと意識を戻し、言葉のしたほうを見る

「あ、あぁ。悪りィな」
ミツバは、首を柔らかくふりながら微笑んだ


「総ちゃん。まだ、仲直りしてないみたいね」
ミツバの目は、ほんの少し細くなる

「あぁ、あいつら両方素直じゃねぇから・・さっさと仲直りでも何でもすりゃあいいんだよ」
チッと舌打ちをしながら、ゆっくりとお茶を口の中に運ぶ

「・・・お前、コレ辛かったり・・しねぇよな・・」
半分本気。半分冗談で、土方は聞く

「そんな事するわけないじゃない。やぁね、十四郎さんたら・・」
柔らかく笑うミツバを見て、安心し、口をつけた

「そういえばね、今日私、万時屋に行って、神楽ちゃんに会いにいったの・。そしたらね、ふふ・・神楽ちゃんが、妊娠したら、私の所に来るヨロシですって」

「ぶほぉぉぉ!!ゲホォォオォ!!」
熱いお茶を、思わず吸ってしまい、思い切り咳き込む。ミツバも真っ青な咳だ・・。

「あら、大丈夫?ごめんなさい。別に驚かそうと思って言った事ではないのよ」
土方は、まだ咳を絡めている。それを物ともせず、ミツバは会話を続けた

「それでね、是非、お願いするわって言ったのよ。ふふ、男の子でも、女の子でも、どちらでもいいから、赤ちゃん欲しいわねって、二人で言ってたのよ」
相変わらず、柔らかい笑みをミツバは見せた

「体に・・障るだろ・・無理な事いってんな」
ぶっきらぼうに、しかし心配を土方は確実にしていた。本音は分からない。その本音を隠すように、また一口お茶を含む

「体に障るって・・十四郎さん・・だったら、あんなに激しく・・」
「ぶぅぅぅぅぅ!げほぉ!げほっ!」

今度は激しく噴出す。そこら辺一体に飛び散ったお茶
眼球は今にも飛び出そうな勢いだ。顔は真っ赤になっている。ミツバの言葉にか、お茶が熱かったのかは、分からないが・・

柔らかくミツバは笑う



「それでね、・・・十四郎さんは、どちらがいいと思う?」
微笑みながら、ゆっくりとお腹に手をやった

「エ?エェェェェェェェェ!!!!!!」

その声は、屯所全体にと、深く深く浸透していった

・・・・・・

今日は、少し遅くなったと、急ぎ足で万時屋へと、足を向かわす
買い物をする時間もない。とりあえず、アイツに会う事が出来たら、それでいい

万時屋に行く道の途中。いつもの公園が見えた
あの日以来、なるべく視界に入らないように、わざと道を変えたりしていた。
遠回りになったとしても、別に構わないと・・。だが今日はそんな事言ってられないと、なるべく急ぎ足で通り過ぎようとする
沖田の耳に、その会いたい人物の声が聞こえてきた

瞬間足を止める。確認をと、しようとする沖田の耳には、もう一人の声が入ってくる
思わず、身を隠す。こういうことはプロなので、お安い御用だった。
神経を尖らせ、耳を澄ませ、気配を消す

決して顔がいいとは言えない。ただ、どうにも人が和むような特有の表情を持っている男だった
隣の神楽の表情、柔らかく、笑顔を向ける
目を細める、神楽の細い腕を取る、触る

右手に力が入るのが分かる。神楽はといえば、相変わらず柔らかく微笑んでそれを見ている

何でその小さな手を触るのが俺じゃない?誰かのモノになるのかなんて、予想もしてなかった
小さく冷や汗が、ぽつぽつと額に集まり、やがてそれは一つになり、目と目の間を通り鼻の横を伝った

顔から見て、年は自分より少し上。しかしどちらにせよ、若かった
柔らかい表情を向けられるのは、一定の人間以外では、自分だけだと過信していた

頭の芯から、サーと冷たいモノが走る。
血が通わなくなるように、手足はジンジンと痺れる

突っ立っている自分を他所に、二人は立つ。
その時にも、自然に男は神楽に向けて手を出す。その手を少しはにかむ様に神楽は取り
ゆっくりと繋ぐ。その男を見上げる視線。信頼してるような、暖かいような・・。

その時、その男を見ていた神楽が、下に躓く。
傾く体、しかし、それを意図も簡単に受け取る男の手
ぎゅっとしがみつく神楽。抱きかかりながら、ありがとうと言う声が聞こえる

何故受け止めるのは俺じゃない?
何故その微笑を向けられるのは俺じゃない?

痛くて、痛くて、痛くて、どうしようもなくて。
内側の傷がズキズキ痛む。

気づいた時には、足が出ていたんだ・・・
....

見開くあいつの目、心底驚くような・・・。そんな事お構いないしに、相手の男を射抜く

こいつに触んじゃねぇと言うように、腕の中からこいつを奪う

何か神楽が言ってるが、ことごとく無視

男は、初め驚いていたが、沖田にも柔らかい表情をみせた
そして、神楽の頭を、二度ポンポンと手を置き、神楽に、小さい声で耳打ち、去っていく
瞬間赤くなる神楽の頬

自分の腕の中に、既に、彼女は居る
なのにどうしてこんな、痛い・・? どうして、こんなに不安なのか・・・
もどかしくて、悔しくて、苦しくて・・・

「誰でィ・・あいつ」
自分でも分かるくらいの低い声。感情の制御なんて利かない。壊しちまいそうだ・・そんな事さえ思う


少し言葉の詰まったすえ、出てきた言葉

「先生・・・アル」
沖田の顔は見ていない。しかし、沖田を伺うようにゆっくりと話す

しばらくの沈黙の後、沖田は口を開く


「・・・・エ?おめー今なんつった?」

俯く神楽。そのため、声がくもって上手く聞こえなかった
もう一度と聞かれ、若干神楽は不機嫌になり、真正面から沖田を見据える

「先生!!私の担当の先生アル!病院の帰りに、ちょっと気持ち悪かったから、送ってもらったアル!車の中でも酔っちゃって、わざわざ公園に車止めてもらって、休んでた所ヨ!!それを・・」

何だかんだと、神楽は、今もまくし立てている。久し振りに見た所為もあり、怒ったり、困ったような貌をしたりと、コロコロ変わる表情がとても愛しくて、つい、目を細め見入る

そうか・・先生。

誤解をしていた。自分で分かるほどに、安堵した心、表情。
自分の腕の中に居る神楽。

そんな沖田に気付き、神楽は、黙り込んだ

「よく・・送ってもらうんですかィ?体・・大丈夫なのか?」

うって変わって、優しくなる言葉。それに、少し安心した表情になる神楽

緊張が、ほんの少し解けた感じとなる
余裕が出来、久々神楽をみる。お腹が分かるくらいに出ている

元もと、体のラインが出ているチャイナ服を、まだ着用しているため、それは余計に目立つ
出ているのは、お腹周りだけではない。
妊娠する前より、確実に主張をしている胸。

思わず、目を伏せる

「う・・ん。あんまり食べられなかったから、ちゃんと育ってるか、内診してもらってるアル・・」

伏せた視線をあげた
不意に、視線が絡む、何となく離せない、かといって、どうにも出来ない

「あ、内診って、腹に何かあてて、やるやつですかィ?」
会話に困り、適当に話を切り出す

モニターに何かうつるくらいの知識は、テレビで幾度と見てきた。確かに、モニターに映る、その映像を見たいとは思う
だが、それは今叶わぬ願いだと言う事も自分で分かっている
神楽が『そう』と言う言葉を言えば、会話が終了するはずだった

そんな他愛もない会話の一つのはずだった


「う・・んと、下から、」
今度は神楽が俯く、言葉を濁らす。

「下から?」
沖田は、テレビ程度の知識しか知らない。実際神楽とて、初めて内診台に上るときは、死ぬほど緊張して、死ぬほど恥ずかしかった
下着を脱ぎ、大股を広げ、惜しげもなく晒す
カーテンを閉められ、カーテンの先には器具の擦れる音
恐くて、恐くて、逃げたかった。初めての異物の心地悪さ
内診のために、自分の中に入る、沖田とは違う手・・・・

口をつぐむ神楽に、もう一度沖田は聞く

そして、出てきた言葉に、自身の言葉も失った

(は?・・・嘘だろィ??)

神楽の声が聞こえる
沖田の隊服を、ねぇと引っ張る、その顔は酷く怯えたような貌
どんな顔をしてるかなんて・・神楽の様子をみれば、すぐに理解できた


「ねぇ!!ただの診察アル!」
袖を引っ張る神楽、すぐ近くで聞こえる声が、酷く遠くのほうで聞こえる気がする
何回も、何回も『ねぇ』と呼ばれる。
段々と声は大きくなる


しかし、今自分の中にあるのは、酷く醜いただの嫉妬

冗談じゃねぇ・・ただ、それだけの、ひどく子供っぽい感情だった
『だからテメェはガキなんだよ・・』何処かで土方の声が聞こえた

頭の中で反論する。ガキでかまわねぇ・・嫉妬で醜くて結構でさぁ
そんなモンどうでもいいぐれぇ、あいつには触れて欲しくねぇ
ただ、それだけでィ・・・


瞬間めぐった土方との討論
袖口では、神楽が何かを叫んでいる。何も聞こえなかった
次に出てくる言葉を聞くまで
「総悟ぉぉ!!!」

瞬間意識は覚醒する
もぅ、何ヶ月も聞いてなかった、自分の名前
思わず振り向く

それと同時に、興奮を、久し振りにした神楽の神楽が傾く


「バッ!!!あぶねぇぇ!!」


間一髪・・・ではない。沖田の方が、早かった

倒れる神楽の体を、難なく抱きとめる


ピタリと背景が、まるで止まったように思えた
冷静になる自分。なればなるほど、腕の中にいるこの体温が恋しくなった
この感触を離したくないと思う

本当は、病院なんて、退院しなければいいと思った
毎夜あの感触に、寝顔に会えるだけで幸せだった
唇から感じる体温だけで、幸せになれる自分が居た

退院してから、顔を見せなくなった
元気な姿がみれればいい・・そんなのただの言い訳
本当は、ずっとずっと、こうして触れたかった
抱き締めたかった
強がっててだけ。大丈夫って、平気だって決め付けただけだった

腕の中から、もぞって動く。離すかよと、強く腕に力をこめた

独りよがりだと思っていた。自分だけがこの感触が恋しかったと思っていた
忘れられなくて、苦しくて痛くて、たまらないのは、自分だけかと思ってた
黒い隊服を、小さな震える手が、遠慮しがちに、きゅっと握るのを見るまで・・・

胸に顔を埋めて、両手で隊服を握る

そこまで来て、沖田は、気付いた

何故、今まで気付かなかったと・・。

こいつは、いつも、謝る事がぜったい出来なくて、自分が悪くても、悪くなくても、どうしても謝ったりしなくて、いつも自分が折れてた事。
誤らない代わりに、口で言えない代わりに、いつだって態度で示してきた事。

本当は・・ずっと待ってた・・・?

(俺が・・・口に出す事・・待ってやがってたのか・・?)

しかも、今回は、100%自分が悪い・・
何故、一番最初に言う言葉を忘れていた?何よりも先に言う言葉があったはずだ・・

金を渡す前に、臆病になる前に、様子を伺う前に
まず何より、一番最初に言わなければならなかった言葉

万事屋で、いつも少しだけ見えてたんじゃない。嫌なら押入れでも何処でも、いけばいい。

見つけて欲しかったんじゃないのか?ぎりぎり見えるソファに、わざわざ座っていたんではないか?

入って来てほしかったんじゃないのか??

かんがえれば考えるほど、それはひとつに繋がっていく

よくよく考えれば、神楽だからこその合図だったのだ・・

その抱き締める力はより一層強まる
その一言を言うために
沖田は口を開いた
「ゴメン・・・」
驚くように目を開く、今しがた、全く同じ言葉を言う所だった
だが、その言葉は自分から出てきた言葉ではなかった
さらに、言葉は続く

「・・・・ゴメン・・っふぇ・・総ごぉ・・ごめ」

俯いたまま、自分の胸に体を預けたまま、彼女は泣きながらゴメンと何度も謝る
自分の名前を何度も言いながら謝り続ける

「なん・・悪りィのは・・全部俺だろィ・・なんでお前が・・」
なんでお前があやまんだと
悪いのはぜんぶ・・ぜんぶ俺だと・・・

ふざけんな・・なんで神楽に謝らしてんでィ

何も・・・・こいつは何ひとつ悪くねぇ

なんで俺が悪りィのに・・
なんであんな酷い事ぶつけた俺に・・
なんで泣いてやがる・・

なんで、そんなに震えて・・・
なんで、そんなに堪えながら泣いて・・

何で・・・テメーから謝んでさぁ
一度だって・・・謝った事なんて・・・なかったじゃねぇか・・

隊服を、強く、ぎゅううと、皺が出来るほどにきつく握る
その手も、頭も、体も、全部震えている

抱き締めてと、離さないでと言う様に・・・・


その細い肩に、震える小さな体を・・・
ただただ・・強く抱き締めた


……To Be Continued…

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