act 22

麦わら帽子の中に、湿った汗を感じたが、それでも遠出をしなければ大丈夫だと神楽は海に足首をつけた。
ちりちりと焼ける様な肌が、一瞬で溶ける様な感覚。
神楽は顔を緩める。足踏みをすると、太股まで水が散る。短めのワンピースが風に揺れる。
そんな事に目もくれない様に神楽は、足をちゃぶちゃぶと浸す。
いっそ目の前で泳いでる人に混じって泳げたらどんなに幸せだろうと思う。

神楽は『海』を手ですくった。日の光でキラキラと光る海に釘付けになる。
少し舐める。表面上は普通の水と変わらないのに、海全てがこのようにしょっぱいのは何でだろうと神楽は不思議に思いながら何度もすくう。
辺りの光景を見れば見るほど、一人で居る自分が何となく惨めでたまらない感情に襲われる。
ただ自分の性格上、押し寄せる女を退け、沖田のところに行けるほど甘え上手ではない。
いや、それどころか、沖田が告白してきたまま自分は何一つ言っていない事に気付く。
まだ自分達は恋人でさえない。自分で気が付きショックを受けた。

濡れた手をそのままに、ぶらぶらと歩く。ちょっと歩き過ぎたか…。
そう思った時には、足がもつれた。海辺伝いに歩いた結果、少し離れ過ぎたと後悔する。
海の家は連なっているが、駄目だ。金がなければ入れない。
ぼーとなる頭を一生懸命に振る。なんとか影だけでもと、家と家の間の影にへと腰を下ろす。
狭いその間に、涼しい風が抜けた。あまりの心地よさに、ゴロンと砂地に寝転がる。砂さえもほんのり温かいだけでそれがまた心地よい。神楽は麦わら帽子をお腹の上で持ち、仰向けの状態でその風に身を任せた。

なんと言う気持ちよさかと、神楽はうとうとしはじめる。
意識はもうろうとしはじめ、こっちにおいでと眠気が手を招く。それに任せるまま、神楽は微笑みながら目を閉じた――――。


......


…イナ。…チャイナ!
外界から自分を呼ぶ声。
誰だろう。あぁ、でもこの声、知ってる――。

ゆっくりと瞼を神楽はあけた。
「オイ!しっかりしろ!」
「お…きた?」
神楽の意識が覚めた事を確認すると、沖田はペットボトルのスポーツ飲料の口をあける。
そして神楽の口に、飲めとくちをつけた。それを神楽はゆっくりと飲む。沖田に抱き起こされた状態だったので、すんなりと口の中を潤わせてくれ、ゆっくりとその意識は覚醒して行く。
「お前…あれ?何で?あたし来てる事…。」
「近藤さんから聞いたんでィ。お前が1時間たっても帰ってこねェって。お前が来てるって。何で俺に言わなかったんでェ。聞いてたらおめーから目を離さなかったっつーのに。」
「だって…。」
女に囲まれて腹が立ちましたとは流石に言えず、神楽は言葉を飲み込んだ。

よくよく沖田を見てみると、額には汗がふき、その汗は首に伝い、シャツをビッショリと濡らしていた。
今まで散々走り回っていたのだろうか、走り終えた事で一気に汗がふいているようにも見える。
そして実際、その通りだった。
近藤は神楽が一時間立っても帰ってこないのを、やはり行かすべきじゃなかったと自分を憤怒し、やっと女どもから若干解放された沖田と土方を呼びつけ話す。
土方は、面倒な事に…とため息を付いた。しかしその頃には沖田は居なかった。
自分の視界に入った一瞬の影。アレが神楽だったのかと…。
沖田は走った。とりあえずやみくもに。けれどこの広いビーチ、麦わらに白のワンピースなんぞいくらでも居る。
近藤は、麦わらの中に神楽は桃色の髪を隠していたと聞き、だからあの時分からなかったんだと焦る。

後から後から汗が噴く。それをシャツで拭う。イライラが募る。舌を鳴らす。
それでも走り続ける。倒れていると言う話しも何もコチラ側に入ってこない所をみると、人目につかない所かと沖田は考えた。家と家の間に白いワンピースがはためいているのが視界に入る。通り過ぎたその細い道を体にブレーキをかけ戻る。
すると間も無く白い足も見えた。砂の上を走りこむ様に神楽の元へ走りこむ。
意味もなく動機がする。走っていたためか、それとも別の何かか…。若干震える手で触ると比較的温度は安定しており寝息を立てているのが分かる。沖田は脱力して尻をつく。
そしてその頬に、手をかけ、声を出したのだった…

...
「あぁぁああ!!――――てか、マジビビッた。」
言いながら、沖田は額に手をやり、汗を拭う。それをはらう。すると手からピッと水分が飛び散った。
神楽は起き上がる。本当はもう少し沖田の腕の中に居たい…。そう思ったが、今は恥ずかしさの方が若干勝った。
沖田は、自分の皮膚から噴く汗を何度もシャツで拭く。しかしそのシャツはもう十分過ぎるほど汗を吸い込んでおりあまり意味が無かった。
神楽は、何か拭くものが無いかと思ったが、麦わら帽子以外何も持っていない事は知ってる上、ワンピース一枚じゃどうにもならない事も分かっている。神楽はそっと沖田の顎から滴る汗を拭おうと手を伸ばす。
その手を沖田が掴んだ。

「いいって。汚ねェから…。」
神楽は反対の手で汗を手の甲で拭う。神楽の手には汗が光った。
「汚くないアル…。一生懸命探してくれた証の汗ネ。勲章ヨ。」
そう神楽は微笑む。沖田は後頭部に手を滑らせ、撫子色の髪の中をくぐり、当て、自分の方に強く引く。
そのまま唇と唇のおうとつを合わせた。
神楽の長い髪は風に靡く。誰にも見せないように、まるで隠す様に、その色の中に二人の顔は包まれる。
もっと、もっとくっついていられるようにと、沖田は背に手を回し、引く。神楽は自由になっている自分の両手を沖田のシャツにへと持って行く。
濡れていたが、少しも嫌じゃなかった。むしろ自分のための汗と思えば愛しくさえ思えた。
しかし、やっぱり沖田は少々気になるらしく、そのおうとつを深く絡めたまま神楽の手を自身の首へと誘導させた。
同じように汗ばんではいたが、沖田が此処がイイと言うならばと、神楽はそのまま首に絡ませた。
沖田は、やっと集中出来るとでも言う様に、神楽の肩と背を抱きこむようにそのおうとつを強く絡める。
互いに強く、浅く、下から、上から、左から、右から。
いっそこのまま呼吸が出来なくても、この甘さだけ、感じていられるならば…そう強く絡めた。
ベタベタと皮膚がくっつくが、それはちっとも嫌じゃなかった。
しかしそれを一本の電話の着信音で裂かれた。
神楽はその、おうとつから自身を引く、しかし離れたその温度を引き戻すように沖田は後頭部に手を置き、引く。
「ちょ…おき…田ッっ。携帯!」
「ンなもん無視しろィ。」
「駄ッめアル!ふ、むぅぅッ…。」
着信音は鳴る、響く。神楽はその携帯をと沖田の胸ポケットに手を伸ばすが、容易に捕まえられてしまう。
そして重ねられる。絡められた。神楽はそれを退けるようにもがく。やっとの思いで顔を逸らす。
「沖田っ!携帯!携帯ィ!―――ひゃぁッ。」
逸らした先、沖田は神楽の首筋に噛み付く、強く、吸う。甘く、舐める。
「沖っッ!!やッ。ヤっ…。」
いやいやと沖田の頭を両手で掴み、囲う様に引っつかみ、退かそうと試みるが、上手く手に力が入らない。
「…テメーが悪い。テメーのそんな声聞いた所為で、マジ治まりつかなくなっちまった。」
一度、神楽の蒼に緋色を重ねた。その色は、荒々しく、充血し、艶っぽい。神楽は言葉に詰まる。
顔をくしゃりと、唇を噛む。蒼色は潤む。水をポトリを落としたように、光る。
沖田はその顔で、そのまま神楽に体重をかけ、砂に背を付かせる。言葉を交す間も無く、その温度は落ちていく…。
―――が、二度目の着信音が響いた時、沖田はその動きをとめた。一瞬重なった瞳の奥で何か考えたように見つめられたが、軽く舌を鳴らすと体を起す。そして胸ポケットから携帯を出し、ピっと押す。

神楽は、確かに止めてほしかったが、あまりにも簡単にその重さから解放されると、何となく物足りなさと、寂しさに襲われた。
沖田が電話の向こう側の人物に敬語を使ってることから、相手は近藤だと察した。恐らく着信音で誰か分かるように区別してると思われた。すると先ほどの電話の相手は土方かと何となく感じる事が出来た。

頭を掻きながら、お騒がせしやしたと謝る沖田を見ながら、ほんのちょっと、自分が本当は一番じゃなかったと神楽は頬を膨らませたのだった…。

....
「オイ。何ふくれてやがる。」
「―――別に。」
「何が別にだ。思いっきり機嫌悪いの表にだしてんじゃねェか。」
神楽は頬を染めて歩く。先ほど近藤の元に行き、二人して謝ったばかりだ。近藤は本当に安心した表情を浮かべ、良かったと喜んだ。
神楽は、本当にすまなかったと思ったし、心配してくれてるのを心から嬉しく思った。
隣で土方がタバコをふかしながら、ガキかてめーはとの言葉を聞いた時は、噛み付いてやろうと思ったが、一応反省をしているので、そこは自重した。

誰の額にも、近藤は勿論、悪態をつく土方の額にも汗がふいていた。
それがただ、銀時からの自分は預かり物だからか、どうかは分からなかったけど、必死に探してくれていた事は理解する事が出来た。
それを知らずに、自分は沖田と何をしていたかとの念に少々かられたと言うのも自重した理由の一つだった。
近藤は、昼も近いと言う事で、一緒に飯でも食ってこいと沖田の背中を押す。沖田は礼をし、神楽を連れる。
こんなにも優しい人間に『嫉妬』と言う言葉を向きかけるのは間違ってるかも知れなかったが、今、神楽の胸の中には間違いなくその感情が居座っていた。だからと言って、近藤の人間性が嫌いだと言うわけではない。むしろ好きな方だ。
ただ、小さな乙女心が華を咲かしただけの事であった。

神楽は、沖田が隣で面倒くさそうに自分を見ているのを分かったが、あえて気付かない振りをし、きょろきょろと屋台を見ていた。
「早く何処に入るか決めろや。」

とりあえずこの日差しから自分も、神楽も身を隠さなければならない。
そんな面持ちで沖田は神楽を見るが、ぐるぐると先ほどの事を考えている神楽は珍しく食べ物の事が頭の中に入っていないようで、きょろきょろとさせる視線も沖田に不振がられないようにしているだけだった。

「オイ!いい加減にしろ。食わないんなら俺は帰ェるぜ。近藤さんが気をまわしてくれただけで、人手はたんねェんだ。」
沖田は、神楽の肩を掴み自分の方へと向かす。神楽はホッペを膨らましたまま黙る。―――また『近藤さん。』ここは多分やきもちと言う言葉を使う所ではないのは自分でもよく分かっているつもりだが、気持ちがそれを制御できない。
言葉に出せないジレンマと、すこしでも気付いて欲しい気持ちとがごっちゃになっていく。
もともと溺れていたものが一度、その海から上がり、逃げて乾かし、それを沖田がまた海の中へと突き落とす。今度は深く、深く、溺れ、もう二度と岸になんて着きそうにない。そんな自分も怖かったし、告白をされたが、やはり自分の方がその思いが深い様なきがしてたまらない。ただ、それにたいして沖田にどう動いて欲しいのか?それを考えたところで答えは出てきそうもなかったが。

「じゃ、じゃあ、あそこの店に入るアル…。」
沖田が視線を向けた先にはヤキソバと大きく書かれている店だ。もちろんヤキソバだけを置いているのではないだろうが。

沖田は一息つき、店内にへと足を向けた。
「―――おめーどっか悪ィのか?さっきから。」
「な、何でヨ。」
「何でって…全然食ってねェじゃねェか。」
沖田にそう言われて神楽は自分の皿を見た。お替りするどころか、一人前さえ手に殆どついてない。自分でも唖然とした。
気付くように神楽は口に持って行く。何故だか分からないがおいしくない。ここの店の味がどうこう言ってるわけではない。食べたくないのだ。
自分の変化に愕然とした。箸をぽろっと落とす。
「オイ。マジで大丈夫か?山崎にでもいって屯所に帰ってるか?」

大食いの神楽の様子に沖田のイライラも消え、その表情には本当に心配している表情が浮かんでいる。
神楽はコクンと頷く。いやに素直な沖田はいよいよその顔を驚くように見せた後、会計を済ませ、神楽の手をゆっくり引いた。先ほどまで、沖田がこんなあられも無い場所で一線を越えようとしており、それを自分は止めたばかりなのに、もうこんなにも自分は触れたい。もっとくっ付きたいと思っている自分が居る。

神楽は自分だけの沖田の特別が欲しい…。そんな風に考えながら、その温かい手をぎゅっと握り返した…。



……To Be Continued…

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