act 20

目を見開き、振り返ったまま動かない神楽を他所に、沖田はその男を睨んだ
すると、男はその手を容易く神楽から外した。何故それほどまでに簡単に手を離したか?
沖田を神楽の彼氏と勘違いしたからか?確かにそれも、微か男の考えの中の一つではあったかも知れない。が、
一番の理由は、沖田が新撰組の制服、しかも隊長服だと見た瞬間に理解したからだった。

男は降参するように、両手を挙げた。
ちらりと神楽を見る。神楽は相変わらず沖田の方を見ながら、今も土砂降りの雨に打たれている
そして、その土砂降りの雨に打たれているのは、何も神楽だけではない。神楽の手を今しがた離した男もそうだったし、沖田さえ、その隊服を水を含ませて重さをつけていた。

沖田は男に、早くいけと顎で合図する。すると、もう一度だけ神楽の姿を見て、大きなため息を付き、傘を片手に拾い、そのまま背を向けた。

放心状態の神楽をそのままに沖田は、神楽の傘を拾う。そして神楽をその傘に入れる。
傘をさした事で、その土砂降りからは身は守れたはずなのだが、大量に含んだ雨が服から絶え間なくぼとぼとと雫を落とす。そのスピードが速い事から、すでに服と言う生地の上で、乾いてる部分はないと解釈できた。

このまま此処で突っ立っていても仕方ないと沖田は神楽の手をゆっくりと取る
すると、それまで無表情だった神楽の貌が、瞬く間にくしゃりと歪んだ。
その貌もあっという間、神楽は右手で沖田の手の中にある傘を勢いよく払う。
傘は容易く吹っ飛び、沖田がそれに意識を取り戻したその一瞬の間、神楽は再び土砂降りの中、まるであの時と同じように駆け出した。今度は後ろを振り返る事無く…。

沖田は、瞬間、傘に視線をやったが、そのままその視線を神楽の背中に向けると同時に、土砂降りの中へと同じように駆け出していた。

同じ様に水を含んだ服だが、チャイナ服と沖田の隊服一式だと、やはり隊服の方が水を含む分重く感じられた。
そして実際重かった。足をあげると、べったりとズボンが太股にへとくっつき非常に走りにくい。
それでも沖田は走る。
目の前の女を、絶対に捕まえると走る。

細い路地を通りぬける。走りにくく、雨で視界が歪む中、見失わない様沖田は走る
塀の上に容易く神楽は上る。そして屋根の上へと上がった。それを追った沖田も容易く屋根の上に駆ける。
ひょいひょいと飛ぶ身のこなし、だがこの土砂降りの中、不意の事故と言うのもはある訳で…。
案の定神楽は瓦の上で足を滑らした。勢いあまった体は斜面を下りゴロゴロと転がる。

そこに沖田は走りこみ、後少しで落下…と言うところで、確実に抱き締め止めたのだった…。

...
雨脚は、以前強く二人を打ちつける。
拭っても、次の瞬間には拭う前と何ら変わらない状態にへと戻る。が、それでも拭ってしまうのが人と言うもので…。

沖田は神楽を捕まえ、自分の方へ引き寄せるように抱かかえていた。
瓦を背にその両手はがっちりと神楽の肩へと回されている。全身が雨にと叩きつけられ、その皮膚は相変わらずばばちばちと痛い。しかし沖田は隊服を着こんでいるため、さほど気にはならなかった。そのままの状態で神楽の体へと視線をめぐらせた。やはりチャイナ服と言うことで面積が少なく、弾かれるようにその白い肌に絶え間なく雨は降り注いでいた。べったりとくっ付いたチャイナ服は体にピタリとくっ付き、更に先ほど転がった所為で太股に巻きつくようになっており、その太股はほとんど隠されてなかった。

神楽が手を離せば逃げ出すか…沖田は考えた。
しかし打ち付けるその肌をほっておくことも出来ず、びしょ濡れで、神楽を雨から守る事は出来そうにはないが、打ち付けるその痛みからは守れそうだと横たわる神楽の背を見つつ、沖田は起き上がり隊服を脱ぐ。
とりあえず、この雨を凌ぎたい…そう考えたが事が簡単に運びそうにないのは分かっている。
沖田はゆっくりと腰から足へと隊服をかけた

それに気付いた神楽が、体をビクりとさせた。そしてその隊服を退け様と細い手が伸びる。その手を沖田は取る。
離してと背を沖田に向けたままブンブンと手を振る。その態度にいい加減ムカついた。
顔をみせる事無く、先ほどからのこの態度。確かに悪いと思っている。だから誤りに行った。なのに姿を消し、あまつさえ軽いナンパに引っかかっていた。
腹が立っていたのは、本当はずいぶん前から。しかし悪いと思っているから下手にでてやった。
だが、沖田の性格ゆえに、それも限界だった。その手を掴み、引く。その引かれた反動で神楽の体は仰向けになる。見開いた神楽の瞳を無視するように、神楽の細い体の上にまたがった。
両手を屋根にと貼り付ける。神楽のすぐ上には沖田の貌がある。

目を真っ赤にさせた神楽の貌が沖田にはハッキリと見え少し良心が痛む。
沖田の後頭部に強い雨が打ちつける。だがそのお蔭で重なっている神楽の貌には、雫のみが垂れていた。
神楽はわなわなと口を振るわせた。
「もぅ、嫌アル、こんなの…いやアルっ…。」

「―――悪かった。」
雨音が激しく、はっきりと聞こえなかったが、それは確かに神楽の耳の奥へと届いた。
一瞬逸らしていたその視線を沖田に戻すが、潤んだ瞳から絶え間なく出ている涙を隠したく、しかしその両手は自由にならない事で又逸らせた。
下唇をかみ締め震え、泣く神楽。その頬に沖田は唇を落とした。両手をやんわりと退ける。その手をそのまま頬に添えた。
「好きだ…。」
逸らした視線の耳の上から聞こえた言葉に、思わず神楽はひゅっと息を吸い込んだ
そして恐る恐る沖田の貌を見る。
瞳はユラユラと水を浮かべ、零れ落ちる。自由になった手をぎゅうっと握る。雨で貌に張り付いた髪をそのままに神楽は首を振った。
「嘘ネ…お前絶対からかってるアル…いつもみたいに…きっと。」
「からかってねェ。」
「だったら、だったら何でっ!。」
其処まで行ったトコで神楽はぐっと口を噤んだ。そしてそのまま沖田を睨む
「好きだ。」
「嘘アル。」
「嘘じゃねェ!。」
「嘘ネ!。」
雨音が強く、バチバチと音を鳴らすが、それでもはっきりと聞こえた。
息を荒げ、上と下とで、胸を上下にしている。それが離れて、そしてくっ付くように上下してるのか、はたまた同じように方向にと上下しているかわわからなかったが、その速さだけは同じだった。

細い拳をベストの上へと叩いた。そこには何の力もなく、何か他の意味があるようにも思えた。
空いてる方の手は、くしゃりとベストを掴む。
睨むように自分を見るその蒼色をそのままに、ゆっくりと沖田は唇を重ねた。神楽の握る手の力が増す。
ゆっくり離れると鼻と鼻の僅かな隙間で、唇は触れながら、もう一度言う。

「お前が好きだ。」
神楽の貌がくしゃりと崩れる前に沖田はもう一度その唇を落とす。
首の後ろと背中に巻かれた温度が、この冷めた雨の温度の中とても温かく感じられた。
両手を隊服からゆっくりと沿わす。じわじわとその手は上り、やがて沖田の首へと巻きつけられた。

寒いから、それだけヨ。
あったかいから、たったそれだけネ。

自分の中で言い訳がましく理由をつけて、まきつけられた温度に、落とされた感触に、神楽は思い切り浸った…。

.....
ずぶ濡れになった自分達を土方は見ると、思わずタバコをポロッと落としそうになったが、そのしっかりと繋がれた手に視線を落とすと、何も言わず、ただ悟った表情を見せた。
程なく土方は神楽に風呂に入れと促す。しかし濡れてるのは沖田も同じ事であり、更にいえば、原因は自分にあるからと先に沖田に風呂に入れと神楽は言う。が、今度は沖田も加わりその体をまずは温めろと神楽の背中を押した。しぶしぶ神楽はその冷えた体を浴槽にへと預ける事にした。

その浴場前では、とりあえず着替え、更にタオルでぐるぐる巻きになった沖田が座っていた。
当たり前だが隊士は近づけない。

神楽は、沖田の事も気になり、早々に浴室から出る。
浴場前で沖田が座ってるのを見ると、若干驚く。恐らくこの間の様な事が起きないようにと、とった行動なのだろう。
神楽は沖田の肩を叩く。
「お前も早く暖まるヨロシ。」
「おまっ…早すぎるだろィ。」
「いいから早く入ってくるネ。」
「駄目だ。もう一度入って来い。」
「ハッ?!何言ってるカ。十分あったまったアル。それよりお前の方が心…。」
言いかけ思わず言葉を止めた。しかしその表情は正直で…。
沖田はふっと笑うと、立ち上がる。
下唇をかみ締め、俯く神楽の頭をくしゃくしゃとすると、神楽の横をするりと通り過ぎた。
神楽は着替えたその服を握り締める。
服に皺がきざまれる。

何て…何て、甘い蜜。甘く、甘すぎて、喉が焼きつきそうな、蜜。
その蜜を少し前まで、欲しくて、欲しくて、手を伸ばして、でも届かなくて、
欲しくても届かないから、それは余計に欲しくなって、我慢できなくて、
届かなくて泣けてきて、泣いて、やっと、やっと手に入れた、甘い蜜は、自分を蜜で侵食して行き、思わず、食われそうになる。

喉を潤そうとし、その蜜をぺろりと舐めると、焼け付くような甘さに思わず貌を歪めた。
慣れてないこの甘さに体が付いていかず、それでも舐めたい自分が居て、舐める。
焼きつかすその蜜は、やがて喉にピタリとくっ付き、浸透し、離れない。

それでもイイと思う。それがイイと思う。その蜜をもっと、もっと、あたしは欲する…。
いっそその蜜で自分を溶かして…そう思った。

......

「ゴリ!お前っッ!!大好きアル!」
食堂に行くなり神楽は近藤に飛びついた。目の前の光景に目をキラキラとさせ。
すき焼きの鍋がずらりと並ぶ。その鍋の合間には、野菜や肉が隙間なく置かれており、舌で堪能する前に目で堪能出来た。近藤は、声をあげて上機嫌に笑う。神楽はぴょんぴょんと体を跳ねさす。

食堂のおばちゃんの手伝いを神楽は揚々とする。
隊士たちもぞくぞくと風呂から上がる。神楽はその時を今か今かと待ちわび、全員がそろった時には、まるで子供の様にはしゃぐ。今日ばかりは神楽は皆と食をともにした。いつもは平均前か後かに食す神楽にとってそれは新鮮な光景だった。

隊士たちもそれは新鮮な思いではあった、が、神楽が自然と沖田の席の隣にすわった事で、何かを悟り、涙目で遠くを見つめた。
そんな隊士に全く気付いていない神楽を他所に、沖田は鼻で笑った。
大食い選手権大会を総なめ出来るほどの実力を持つ神楽だが、常識という文字をこの数年で学習出来た。
鍋ごとすする様なマネはせず、あくまで談笑を楽しみ、食と言うモノを楽しんだ。
時に自分の席の前に座る土方がマヨネーズを絞るのを見て、思わず貌を歪め、沖田と罵る。

近藤の何気ない、仲直りをして良かったなとの声には思わず神楽は赤面し、それを見た隊士は咽び泣きながら飯をかっ込んだ。
土方の、すげェ人気ぶりだなとのつぶやきに沖田はギロリとその視線を土方に投げた。
神楽は土方の隣の近藤、そしてその隣の山崎と談笑を始める。
その台の水面下では、沖田が思い切り土方の膝を蹴り上げた。一瞬土方の貌はよじれ、次の瞬間、沖田の弁慶の泣きトコロを蹴った。そしてにやりと笑った。
しばし注目を2人は挟み、突如『やんのかコラァァ!!』と同時に立ち上がる。
驚いた神楽達は両サイドでそれを止めにかかった。

「静かに食えないアルカ。」
「いや、あいつをとりあえず殺ってから食と言うものを初めて楽しむ事が出来んでィ。」
「訳の分からない食の美学を作るナ。」

「トシ、とりあえずお、落ち着こう。な?」
「いや、近藤さん、とりあえず総悟を殺ってからマヨネーズと言うものを初めて楽しむ事が出来んだよ。」
「その誰にも理解できない食の美学はとりあえず捨てよう。な…。」

相変わらず睨みあいをしながらその食は進まれていく。

隣同士で談笑する沖田と神楽の間柄は、ここ数日間のモノとは、
全く異なり、自然で、かつ柔らかく、甘い雰囲気がただただ漏れていた…。



……To Be Continued…

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