act 16

「何一件落着みてーな状況になってでェ。今日は俺が泊まるっつってんだろィ」
お妙の言葉の後、一同が納得してしまったが、それを、あっさりと沖田の言葉が再び裂いた。
お妙は、まったくもう……と息をついた。
「そんな事、皆が了承できるわけないでしょう?考えたら分かる事です」
「なんだろうが、今日は譲らねー。俺は此処に居るって決めたんでさァ」
しらっとした顔が二つ、表情をピクリとも動かさず言葉が並んだ。
「男の貴方が一緒に居たら、神楽ちゃんは又うなされてしまうかもしれないでしょ?それが分かってるのに納得する事ができますか」
「俺が居るからこそ、コイツを守れるんだろうが」
「そんなの貴方の一人よがりです」

玄関先で二人は睨み合いをしていたが、とりあえず此処はと近藤が口を挟んだ。
「な、なァ総悟。今日の所はお妙さん達に任せてみんか……。女同士の方が色々と……なァ?」
いくら近藤が入ってみても、今の沖田の気持ちは変わる事はなかった。
「守れなかった分、これからは側に居てやりてェ」
ぼそりと出てきたのは、確かに沖田の本音。だからこそ、神楽の表情も和らいだ。
「ね……。沖田の気持ち、凄く嬉しいアル。これは本当ヨ。でも、今日は帰って……」
柔らかい笑みの神楽を他所に、沖田の表情は一気に曇った。そんな沖田を見た神楽はもう一度口を開いた。

「沖田から離れたいんじゃないアル。別に沖田の事も恨んでないし、責任を感じて欲しくもない。だから今日は姉御達に側にいてほしいのヨ。ね?沖田。さっきも言ったけど、沖田の気持ち、本当に凄く嬉しい。でも、今日は、姉御達といた方がいい気がするアル。じゃないと沖田、多分私に凄く責任感じてしまうデショ?そんな沖田、私みていたくないモノ。沖田は悪くない。だから、また、今までみたいに私に接して欲しい。私、そう思うアル。だから時間を空けた方がきっとイイのヨ。だから――――」


神楽の言葉を切らしたのは、沖田から出た深いため息だった。
「分かった。オメーにそんな顔させてまで居ようなんざ思わねーさ」
「ちがっ……。沖田誤解してるアルっ……」
ねぇ! 神楽は沖田の服の袖を引いた。
「ただ、ほんの少しだけ……二人にしてくれねーか」
いいながら沖田は土方達に視線を巡らせた。
近藤が頷くと、お妙達も一旦外へと出た。神楽のアパートの隣にある空き地へと足を進める途中、ミツバやまた子達は、心配そうに神楽の家のドアを見つめたが、お妙が、大丈夫、そう頷くと、ミツバ達は静かに頷いた……。



シンとした部屋は、神楽の気持ちを妙に緊張させた。
沖田は神楽を怯えさせない様にリビングで寛ぎはじめる。沖田の考えている事が分からない神楽は、どうしようかと悩んだが、悩んでいても仕方ないと、食器棚からグラスを出し、冷蔵庫にあるサイダーを入れた。
おずおずと沖田の前にそれを置き、黙ったまんまの神楽だったが、緊張してどうしようもないのは、その間、沖田が終始自分を見ているのに気付いているからだった。

「なんで二人っきりにして欲しいって言ったかってーと……」
神楽は喉を鳴らし頷いた。確かに沖田は恐がらせてはいないけれども、その緊張はピークに達そうとしていた。
「オメーに話さなきゃいけねー事があるからでィ」
言いながら沖田は手をそっと伸ばすと、テーブル越しに、目の前の神楽の頬に触れた。
痛々しいその痣は、独特の色に変形し、神楽の綺麗な顔に跡として残っている。
沖田の言葉に、動揺を隠し切れない神楽は、沖田が触れた瞬間、思わず体がビクリと動いた。

「オメーがどんな姿になろうが、どんなに顔がパンパンに腫れようが、俺はオメーに惚れてる。これだけは変わらねー。……そんで、オメーが、これから過ごして行かなければならね日々を、これまでと同じにしてと言ったが、正直それは無理だと思いまさァ」

言った直後、神楽の瞳に一気に涙が溜まった。と思ったらポロっと零れた。
スンと鼻を啜った神楽の目尻に、沖田がそっと触れた。

「泣くな。そんで話は最後まで聞きやがれ」
真っ赤に充血した瞳で、神楽は沖田の方を不安そうに見つめた。
「俺はお前をこんな風にした奴を絶対ェ許さねェ。見つけ次第ぶっ潰すつもりでさァ」
神楽は首を振った。涙の所為で、声が震えた。
「もういいアル。そんな事しないでヨ……」
「悪りィがそれは聞けねー頼みだ」
神楽は、完全に泣きに入ってしまった。首を振りながら、何度も、何度も手で涙を拭いながら止めてと繰り返した。だが、沖田は譲らなかった。譲るつもりもなかった。
「だって……」
神楽の声は、わなわなと震える。
「沖田、きっと殺しちゃうヨ……。そんなの嫌……。嫌アル……」
沖田の性格を知ってるからこその台詞だった。
沖田はテーブルを周り神楽の側へと、そして神楽を抱き締めた。
抱き締めた神楽の体は本当に震えていた。沖田に震えていたのだ。高杉や、土方や、近藤……。
そして神楽でさえも分かる。沖田は本当に殺してしまうかもしれないと……。
神楽は何度も嫌だと訴えた。何もしなくていいと、もう忘れるから、沖田も何もしないで、ただ側に居て欲しいと……。

「バカだろィ……。キッチリ落とし前はつけらせて貰うが、そんな事する訳ねーだろうが……」
神楽はなおも、首を振り続ける。
「神楽が居る。俺にはお前が居る。そんな真似は絶対しねー。ただ、裏でコソコソしててもバレちまうだろうし、先に言っとこうと思っただけでさァ」

「――――本当……アルカ?」
「この状況で嘘なんかつくかってンでェ。大体俺はお前を泣かすつもりでこんな話をしたンじゃねーよ」
「じゃ……。どんなつもりだったアルカっ……。こんな話絶対泣いちゃうに決まってるダロ」
神楽は鼻を啜りながら、沖田の袖をきゅっと掴んでいる。沖田の胸につけた左耳から、規則的な音が聞こえた。
「俺は、お前をもう絶対ェ離さねー。これからは前にも増してくっついてやらァ」
神楽は沖田の胸の中で、ほんの少し笑った。
「何アルカ……それ……」
「そのまんまでさァ、これからは、どんな些細な事でも見抜いてやる。どんな事からも守ってやる」
もう泣かないと思った神楽の目から、綺麗な涙がすぅっと頬を伝った。
また、スンと鼻をすする……。
「助けて……って言ってもいいアルカ?」
「あァ。ひゃっぺんだって駆けつけてやる」
「靴隠されたら……新しいの一緒に買いに……行ってくれる?」
「そんな事もう二度とさせねー。」
「ジャージ……っ……切られたって……泣いても……っ……イイ…………?」
ゆっくりと吐き出す言葉と一緒に、堪えて来たものが、どっと溢れた。
下唇を噛み締めながら我慢してたけれど、しゃくりあげる声と共に溢れる涙は堰をきった様に流れ続けた。
沖田は、神楽が溜め込んでいた思いを受け止め、それを静かに怒りへと変えていった。

「俺が……俺が守ってやる……。絶対ェお前に、辛い思いなんかさせねー……」
「弱いって……思わないアルカ?格好悪いって……」

思う訳ねーだろ……。
思いながら神楽をもっと強く抱き締めた。神楽の髪からは、いつもとは違って、泥臭い、それでいて、錆びたオイルの匂いがした。何度手て髪をといても、いつも綺麗な桃色の髪は、埃まみれのままで、沖田の制服の下にある神楽の体は、まだ擦り切れて、ボロボロのままだった。
沖田は神楽の頬をそっと撫でた。涙で泣きはらしたその頬は、沖田の人差し指を簡単に濡らした。
そのまま沖田は神楽の顔をそっと上に、緊張した神楽の息が沖田に伝わった。

痛くない様に、けど、やっぱり触れていたい……。

沖田はそっと神楽の唇に温度を落としてやった。
すぐに離れてはみたが、もうその温度が恋しくて、もう一度と触れさせた。
ほんの少しだけ開いた、わずかな隙間から、そっと舌を忍ばせると、神楽の体がすこしはねた。
それさえも包むように沖田はほんのわずか手に力をこめた。
ボロボロに壊されかけたけれども、その舌から伝わる温度は、確かに自分が強く想う神楽のもので、それを感じてしまったら、もう、どうしようもなく愛しくてたまらなかった。
離れたくないと塞ぐ間から、酸素を少しともがくその顔も、そんな中、自分を欲してくれている小さな欲も、全てが愛おしく、離れがたかった。

「本当は、俺が居てやりてェ。だがオメーが姐さん達の方が落ち着くっつーなら、俺はひいてやる。けど、お前の後ろには、必ず俺が居るって事を忘れるな」

話された唇から直後、耳元でまるで宥める様に聞こえる沖田の声は、まるで薬だった。
落ち着かす様に、けれど酔わす様に……。

まるで催眠でもかけられたかの様な神楽をそのままに、沖田は神楽の頬へ落し物を一つ落とし、背を向けた……。




……To Be Continued…

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