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美味! 激旨! サボテン缶詰を開封しながら、最近考えている。
なぜ大容量増量中なんだろう。
日々新たなサボテン料理に挑戦し、サボテンの消費を行っているが、
まだまだ缶詰はある。
デイダラさんと二人でサソリさんに送られてきた缶詰を消費しているが、
サソリさんはアイスと飲み物以外を口にしない。
「俺には必要ない」
そう言ってソファに座ってアイスを頬張る。
アイスを食べる時、人相の悪い男から出て少年のような姿だ。
人相が悪い姿よりとても良いが、
少年のような姿だと雇い主という感じが無い。
威圧感はあるが、威厳は無い。
現在の職場である探偵事務所前の職場だった喫茶店の店主も威厳はなかったが、
雇い主としては最高だった。
優しく、丁寧で、仕事をすれば昇給してくれた。
だから私も長続きした。
いくら自動車が毎日のように突っ込んできた店でも。
結局、店が無くなってしまい給料の良い探偵事務所に転がり込む形で就職した。
しかし、雇い主が変わってもやっている事は変わりない。
お茶を淹れて、
(煤に汚れたり、積み上がったアイスの箱を片付けたり、壊れた机や床を片付けたり)
部屋の片づけをしたり、
少しの料理をしたり、
新しい(サボテン)料理を試作したり、
時々雇い主の話相手になったり。
今がその時だ。
「おい、you時間があるか? うん」
デイダラさんが手をヒョコヒョコと曲げて私を呼んだ。
「はい、あります」
サボテンの缶詰を開け、ラップを掛けてそのまま給湯室に置いて、
デイダラさんの所へ駆けて行った。
デイダラさんは応接間のソファに座り、向かいの椅子に座るよう勧めた。
部屋を見回してから一呼吸ついた。
「サソリの旦那は、今下か」
「えぇ、地下で仕事をなさっているようです」
サソリさんの仕事場は地下で、デイダラさんの仕事場は二階だ。
そして一階は応接間と玄関、給湯室、他。
特に用が無い限り呼ばれなければ地下にも二階にも行かない、
それが働く条件の一つだ。
「じゃあ聞こえねェだろう、うん」
確かめてからデイダラさんは身を乗り出した。
「you、お前サソリの旦那を最初に見た時どう思った?」
素直に驚いた。
サソリさんに聞かれたくないと心配したのはこんなことだった。
今の今までこんな踏み込んだ話をこの事務所ではしなかった。
いや、出来なかった。
明らかに雇い主であるサソリさんとデイダラさんとは一線を引いていたのに、
どうしてデイダラさんはそれを飛び越えて来たのだろうか。
驚きつつ、はぐらかすべきか、素直に答えるべきか悩んだ。
悩んでいる間にデイダラさんは返事を待たずに喋り始めた。
「オイラは『顔と口の悪いオッサン』だと思った、うん。
だって、見た目がアレだぜ、うん」
デイダラさんはわざと体を屈めてサソリさんが入っている人形(らしい)の真似をした。
何度も頷き、私は素直に答える事にした。
「私は何度かお二人が喫茶店に来ているころから知っていましたが、
まさかデイダラさんと一緒に来られている方が同一人物だとは思ってもいませんでした」
サソリさんの喋りはどちらかというと入っている人形の方が似合っている。
人形は目つきも悪く、口も布で隠し、猫背で奇妙な尻尾もある。
しかも外見は三十代程度の中年、顔色も悪い。
対してサソリさん本体は垂れ目で、多分私よりも背が低く、
十代も半ばで、どちらかというと色も白い。
女受けする顔だ。
以前勤めていた喫茶店にはデイダラさんと人形、もしくは本体の姿で現れた。
デイダラさんの相棒が時々変わるので、
実は若い彼女だと思っていた(喋るまで)。
それがこの事務所に勤め始めてから衝撃的事実を知った。
人形からサソリさんが出てくる所を目撃したのだ。
サソリさん自身はそれがとてつもなく嫌だったようだ。
「そうだよな!
オイラだって傀儡から出てくる所を見なきゃ分かんなかったぜ、うん。
声まで違うんだからな、うん」
何度も口癖の「うん」と言いつつ頷くデイダラさん。
私が驚かされたのはサソリさんだけでなくデイダラさんにもだ。
毎日のように焦げた匂いと、同じく部屋を煤だらけにするが、
それ以上に、
デイダラさんの口は三つある。
実は先日行われた第二回アイス早食い対決で目撃したばかりなのだが、
デイダラさんは左右の手の平に口が付いている。
口の数がアイス早食い対決の勝因になったのだが、
ある意味、反則だ。
「しかも、サソリの旦那は……」
ソファに深くもたれたデイダラさんが停止した。
とてつもなく嫌な予感がした。
多分、デイダラさんの視線の先には見てはいけない人がいる。
多分、私の背後には振りかえると不都合な人がいる。
多分、私はお茶を淹れなければならない。
多分、今応接間は凍りついている。
多分、私の後ろに冷え切った目のサソリさんがいる。
「……お茶を淹れてきます」
私は後ろを振り返らないように、
そっと立ち上がって給湯室に走り込んだ。
「ちょっ、you待て!
一人だけ逃げるんじゃねェ、うん!」
走り出そうとした足音が途中で止まった。
「今日は新しい茶葉が入ったんです!!」
私は背後で聞こえる悲鳴を掻き消すように意味も無く声を上げた。
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