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探偵事務所のアルバイトを始めてから数日経ったある日、私は事務所で安売りのチラシを眺めていた。

事務所の仕事はお茶を淹れる事と新聞の切り抜き、時々デイダラさんの自慢話を聞いて、間違い電話を断るだけだった。

殆どの時間暇を持て余している。
そこで自宅から持ってきた安売りのチラシと睨めっこをすることとなる。
暇な時間は基本的に何をしても構わないとは言われている。
初日に伝えられた禁則事項を守りさえすれば快適だ。

「……なんか焦げ臭い」

突然漂い始める焦げる臭い、その後に決まってデイダラさんが自分の部屋から出てきて飲み物を頼む。

「you、喉が渇いた。水くれ、うん」

この時もそうだった。

「はい」

直ぐに給湯室に入ってデイダラさんの湯呑に冷蔵庫で冷やしている水を注ぐ。
そして氷を浮かべる程度に入れようと冷凍庫をおそるおそる覗く。
冷凍庫には大きなアイスクリームの箱が一つと、小さなアイスクリームのカップが五つ居座っていた。
そのアイスクリームの隣で小分けにされた容器に水を入れて氷にしようとしているのだが、冷えないのか氷になっていない。

暑いときにデイダラさんが氷をそのまま食べている所為もあるが、
そもそもがこの冷蔵庫冷えにくいようだ。
以前にバイトをしていた喫茶店の物と比べている所為だが、やはり家庭用は冷やす力が弱い。

仕方なく水だけをお盆に乗せて運んだ。

給湯室から戻るとデイダラさんがぐったりと長椅子にもたれていた。
一体毎日何をしているのか気になる。
どうすれば毎日部屋の中で煤まみれになるのかを。

今日も聞けないだろうその問いを心に仕舞い、湯呑を机の上に置いた。
それを取り、飲むとまたぐったりと長椅子にもたれた。

「おかわり、うん」

どうやら今日は特に疲れている様だった。
もう一度給湯室に戻り、今度は水差しを手にして戻った。
その短い間にいつの間にかサソリさんがデイダラさんの向かいの椅子に座っていた。

少しくらい音がするはずなのに、気付けば二人は何処かにいる。
時々心臓が跳ね上がる位に驚く。

デイダラさんの湯呑に水を注いでから急いで給湯室に行き、サソリさんの湯呑にも水を注いで運んだ。
必要かはサソリさんが決める事だが、元・給仕は「椅子に座られるとお冷をださなければならない」という性を持っている。

サソリさんの前に水を出して勝手に一安心した。
その時、サソリさんは私が持ってきたチラシを広げて見ているのに気付いた。
そういえばアイスクリーム以外に買い出しに行かされる事はないけれど、食事はどうしているのだろうか?
以前のバイト先の喫茶店には時々来ていたが、その喫茶店はもうない。
事務所でバイトを始めてから二人が食事をしている場面を見たことがない。
もっと言うとデイダラさんはお茶受けの類は食べているが、サソリさんはアイスクリーム以外を食べている所を今迄見たことがない。

きっと私が帰った後や来る前、自室で済ませてしまうのだろう。

「サソリのダンナ、そんなもん見てどうすんだ? うん」

デイダラさんが長椅子にダラリと引っかかるように座り直してサソリさんに聞いた。

「業務用のアイスは大きいな。それにこんな氷を何に使うんだ?」

やはりソコを見ていたか。
サソリさんはアイスクリームを常食にしている。
それほど何故アイスクリームに愛があるのかは知らないが、見たら喜ぶだろうとは思っていた。

「業務用はそれなりに大きいですよ。これ位あります」

自分の腕で大きさを表すとデイダラさんが「へー」と気の抜けた声を上げた。
直後、身を起して見直して今度こそ感嘆の声を上げた。

「そいつはデカイな、うん」

心なしか目が輝いて見える。

「氷は冷凍庫の空いた場所に入れたりしますね。
夏場はかき氷にも使いますけど、アイスとか冷凍庫に入る物が少ないと冷蔵庫が冷えてくれなくて困るので冷凍庫に入れておきます」

氷の説明を終えるとしばしの沈黙が落ちた。

「……そうなのか?」

沈黙を破ったのはサソリさんだった。

「はい。冷凍庫は出来るだけ詰めておいた方が冷蔵庫全体が冷えてくれます」

冷たい物は入れておくとお互いに冷やしあうから沢山詰めておくに限る。
電気が無い時期は氷室に入れていたりもしたらしいが、今の冷蔵庫の前身・金属の冷蔵庫は大きな氷の塊を入れて全体を冷やしていた。
電気程の効果はないがそれでも大いに役立った。

「じゃあ今迄出来るだけアイスは買い溜めしないようにしてたオイラの苦悩はどうなるんだ、うん」

苦悩って。
そうか、それで小まめにアイスクリームを買っていたのか。

「これからは入るだけ買い込んでも良いんじゃないですか?」

私の苦労も減るから。

「なら、さっきのデカイアイスを入れよう、うん」

「そうですね、でも本当に業務用なのでさっきの大きさは入りませんよ。
もう少し小さい物なら幾つか入ると思いますよ」

「おい、どれだ」

アイスクリームに関すると急に積極的になる二人はチラシを広げて事務所の冷凍庫に入りそうな物を探し始めた。
掲載されているアイスクリームの大きさを大体示すと、今度は二人して給湯室に走りこみ冷凍庫の大きさを目測で調べていた。
手にアイスを持ち戻ってきて、大きさと個数を決めると最後に問題になったのが味だった。

現在残っているアイスクリームと相談しながら決めようとしているが、どうしても決まりそうにない。
入る容量は決まっているのにどうしても二人の意見が合わないようだ。

「全部一緒に買わずに時期をずらして買ってはどうでしょう?」

結果が出そうにないデイダラさんとサソリさんに提案してみた。

「二週間程間隔を開けて注文すれば少なくなった頃に届くと思いますよ」

それで納得したデイダラさんとサソリさんは互いに譲らなかった味を二つの店から注文することにした。
ある程度の量が無いと届けてくれないので一つの店から頼むのが本当は良いが、
頼む量が多かったのとその店でしか無い味があったので二つの店に分けて注文した。

まさか、これが後に問題になるとは思いもよらなかった。

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