〈行き場もない書き殴られた報告書より)


最初は点だった。
 ある集団が、神を造り出そうとしたのだ。それは人間が神になるのではない。電子の上に神の残像を作ろうとしたのだ。
 実にくだらないと自分たちで笑ったほどの計画だった。
 世界規模の電子ネットワークを伝わり、ネットワークに繋がる機器に少しずつウィルスをまき散らす。それは各コンピュータの防壁をくぐり抜け、自分の分身を静かに無害に増やし続ける。
そして、ウィルスをまき、増えていく。
 それに組み込まれたのは小さなことだった。
 水面の陰影、炎の揺らめき、樹木の年輪、土地の断層の画像をランダムに組み合わせた画像を点の集合にした。それを白と黒、中間色にし、ウィルスにばらまかせた。
 その画像を、画面に瞬きの間もないほど短い間映し出す。認識されることはないが、確かにそれは目に映った。それは、確実に刻まれたのだ。本人は気付かないまでも脳は認識した。
 それが数日に一度、数時間に一度で良い、ただ繰り返され、刷り込まれ続ける。
 ウィルスが除去されても、何度も同じウィルスがやってくる。それはただ画像を映し出す。
 いつしか見えるはずのないそれは瞼の奥に刻まれ、ふとした拍子、ポスターの一部、文字の羅列、自然の中にいくつかの類似点を見い出し、刻まれたものを見るようになる。

それは瞬き一つで消えてしまうほど、不確かなものだった。だが、だんだんと確かなものと変化する。
点と点が意図せぬうちに結び付けられ、線になる。線は記憶の中から探し出され、画に置き換えられる。
 テレビなどの画面の点が作り出すそれと同じに。
 画像がフラッシュバックする。目に焼き付けられたようにさもそれが存在するかのように、ありありと浮かびあがる。
 いつしか、単なる画が厚みを持ち始める。現実に存在するかのように、いくつも現実と合致する。

 そして、己の中の何かを見つけ出す。

 手を広げた人、羽ばたく鳥、木の葉、星。ただの点の集合を結び自分の中の何かを作りあげる。月のクレーターに見出した時と同じように。
 ただ、それには見たという覚えはないのに、はっきりと見得る。その矛盾が精神を静かに確実に蝕む。

 ある日、ウィルス作成集団のひとりが家を出ると霧が出ていた。その靄の中に膝をつき祈る人を見つけた。ギョッとしたが、どうすることもせず郵便受けの新聞を取った。
「…神よ…」
 その言葉だけが耳に届いた。
 目に映る新聞の文字、その中に点の集合から作り出した何かがいた。その名が分かったのだ。いや、以前から知っていたのだ。
「…神」
 霧の中、跪く信者が一人増えた。

 点の集合は爆発的に神に成り上がった。集団が予定していた通りの可笑しくて、くだらない現象だった。自分たちがラジオなどの一方通行の情報に‘神‘というキーワードを流したのだから当然だ。予定外だったことがなかったことはない。
 
予想の期間を過ぎてから神ができたこと。
 爆発的に広がった神の範囲がネットワーク外にも広がったこと。
 自分達が流した覚えのない発信源があったこと。
 それは点の集合だと言っても浸透せずに認識されなかったこと。
作ったのは人間だとはされなかったこと。
 認識しなくなった者が集団の中に現れたこと。
夢遊病者が増加し、社会化現象にまでなったこと。
神が顕在化したこと。
 
神が現実化したことで集団は蚊帳の外に押し出された。どれだけ主張しても無駄だった。早い段階で精神鑑定がなされ、ある者には監視が付き、ある者には鉄格子のはめられた部屋があてがわれた。
 どれだけ叫ぼうとも信じられなかった、ウィルスの散布以前には考えられなかったことだが、科学よりも宗教が勝ち得たのだ。いや、科学そのものが宗教から生まれたものだったのだ。それが生まれた理由に戻ったのだ。ただ単純にそれだけのことだったのだ。
 科学は自然から生まれ出でたものではないのだ! 宗教思想の証明にできたものだった!

 精神的に不安定だった人間が神にすがるのは至極当然だったのかもしれない。だが、冷静にみれば神にすがりつく異常なほどの人間の数に眉をひそめ、おかしな事だと思ったに違いない。思わなかったこと自体が既に異常だったのだろう。
 異常が日常となった世界に、神は出現した。以前の世界では集団幻覚とでもされたそれは、誰もがどこかで思い、願っていたに違いないあやふやな夢だった。
 熱湯だ。と言ってかけられた水で火傷をするように。
常軌を逸した信仰が集まり他人の幻覚にまで干渉し、現実的な物質とした。

 現実と幻覚の境界が曖昧になり、幻覚が現実を侵食し続け、それは今も続いている。

 科学発達以前の時代に逆戻りを始めた今となっては、飛行機や自動車までもが動かせなくなっている。そんな恐ろしいものに乗れるものかと操縦者が言っているのだ。いつ暴走し周りを傷つけるのか分からない金属の走る塊など野蛮なだけだと。
 そして海難事故。海という未知の世界は興味の対象だったが、それは昔の話となっている。畏怖と恐怖の対象へと移り変わり、船主には女神を象った呪い(まじない)を付けていなければ出港も入港もできない。船での仕事を生業にしてきた一部の者たちを除けば、海辺で魚が跳ねるのでさえ恐ろしく、祈りを捧げる。それが海から来た恐怖だと。
本当の神だけならそれだけで良かったのかもしれない。以前の信仰の姿を失い、悪鬼へと落とされた過去の神々さえも幾つかの自分に遭遇している。崇め奉られていた時の自分に追い払われる、時代が下った自分。国を渡る間に変化していった自分。既に枝別れし過ぎて自分が何なのかさえ分からない、一神教に根絶される以前の神。小さな妖精の姿をしていても神の頃をうつろう。
先住民の原始的な恐ろしくて野蛮な、神とさえ思えないものまでが徐々に我ら神の羊の隣りにまで現れるようになった。信仰に神の力は比例しないのだろうか。
 我らが先祖がしたように他国の野蛮で受け入れがたい者どもは徹底的に排斥すべきだ。それが我々の安全を守る唯一で最良の手段だ。
 例えそれが、他を陥れてきた結果だとしても。
 東の小さな島国のように全てを受け入れつつも、己を守り、尚且つ機械文明を残す事が出来なければ、残された方法はこれしかないのだ。
この事態を把握するだけに、哀しきかな自分の足だけが頼りだった。電話も、電報も、電気回線が全く利用できない文明の利器は役立たずに成り下がった。数少なく回線が利用できるのは他宗教が入りこんでも影響がなかった地域と、入り込めなかった地域だけだった。事態の把握が狭い範囲だけで、かなりの時間を要したのもこのためであり、その間にも時間が進み時代が逆戻りしてしまったのはハンプティ・ダンプティのように取り返しがつかない。
 そして、私を不信仰者のように見下した眼で、まだ頭の片隅だけにある科学への期待を向けるようなふりをしてまで見るのが終わっていれば、赤い血にみたてたワインの量が格段に減るのだ。

 これが私の精神波及論実験の結果で、これは実験としては多大な成功をおさめ、時代にとっては償いきれない失敗が結論だ。後世、再び科学の時代が訪れ、私の意を解してくれる者が一人でもいることを期待する。
 その時に残っていればの話だが。
〈行き場もない書き殴られた報告書より)

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