1p(思いつきで始めると痛い思いをするのは本人)


その日、ファラッドは珍しく旨くもない安物の酒を片手に風呂から出た。
熱いシャワーを浴びながら、水滴が入らないように酒瓶へ口をつけて飲み干す。
浴室の熱気でぬるくなった酒はやけに脳髄を蕩けさせた。

自室、部屋には誰にもいない。
しかるに、誰にも気兼ねすることはない。

ファラッドは体を拭った、その純白のタオルを一瞥してから放り投げた。
タオルは上手く洗濯籠へ落ち、ファラッドを笑わせた。
短い髪を乱暴に拭き、こちらも投げようとした時に電話が鳴った。

電話の音を確認し、冷蔵庫から冷たい安物の酒を二本取り出してからファラッドは電話に出た。

『もしもし?』

聞き覚えのある、一時期は嫌になるほど聞いた声が電話によって妙な音に変換されていた。

「なんだ、お前か。
珍しい、飲むんなら先に言ってくれよ。
もう飲んじまってるよ」

ファラッドは電話の相手が酒を飲みに誘ってきたのだと思った。
表面上、仕事上、一緒に飲むことはできないが、昔からの友人は寂しい時に誘ってきた。
そんな時は朝まで何軒もバーを梯子して飲み歩いたり、一軒の屋台につまらないオセロを持ち込んで延々続けた。

「いや。違うんだ、今日は頼みごとがあってだな」

言いくぐもる相手にファラッドは酔った勢いで冗談を言ってみた。

「なんだ? 部屋へお誘いか〜?
迎えに来てくれるんだろうな」

『今、部屋の下の車で待ってる』

思わず窓の方を振り向いたファラッドの頭から白いタオルが落ちた。
水滴と酒気をまとったファラッドは慌てず、騒がず、冷静に通話を切った。
瓶に残った液体を嚥下し、服を着て部屋から文字通り飛び出した。

車の屋根に飛び降りたファラッドは運転席で電話を片付ける男へ手を振った。
首元に傷がある男は屋根に飛び降りてきた男へ手を振り返した。

「風呂上りなんだ、さっさと入れろ」

強化ガラスの窓ガラスを叩きながら、ファラッドは片目で男へ合図した。

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