55.【生きる理由】*


何となく、わかった
この時が人生のターニングポイントなんだろうなって

彼の腕の中に半分無意識で吸い込まれてったとき、
不思議と、"この人とずっと、ずっと一緒に居るんだ"って感じた。
こんな風に未来を感じる人って今までいなかったから初めての感覚に戸惑い、葛藤した。

きっと、過去の枷が無ければ彼の胸へと素直に飛び込めたんだと思う。
でもそんな虫のいいこと、私には到底無理で……

自分の本心に従うことができず、ただ抱き締められたまま時が過ぎるのを待つことしかできなかった。


「お前、体冷てぇな。あたため甲斐がある」

「……」


幾ばくかの沈黙の後、リヴァイの方から少し体を離して、額と額を合わせた。
近過ぎて焦点など合ってないのだろうが、アサギは真っ直ぐな視線に、気持ちを見透かされそうで怖かった。
顔を逸らすことすら先読みされ、大きな両手に頬を優しく挟みこまれ固定された。だから動く目だけを伏せては往生際の悪い抵抗を示した。


「なぁ。今俺の目に映ってんのは、誰だか分かるか」


鼻先が触れ、互いのあたたかな息が肌に直接かかる。
脳に直接響くような低く甘い声で囁かれ、その濃密な雰囲気で頭が朦朧としてきたアサギは、魔法にかかったように小さく頷いた。

リヴァイは以前から薄々アサギも自分に気があるのではと感じ取っていた。だから、それに白黒つけるためにも彼女自身に素直になってもらわねば始まらない。
その為にリヴァイは自分がアサギを想っているということを、ちゃんと彼女に認識して欲しかった。
『好きだ』と告白するのは簡単なことだが、相手の気持ちが整わないうちに気持ちを押し付けたところで、過去を引き摺るアサギの場合、かたくなに意地になって埒が明かなくなることが予想できた。

だが『今なら』と、やっとリヴァイが思う時がようやく訪れた……

それなのに――


「……どうして……どうして私なんですか。私じゃなくても、他に女なんてどこにでもいるのに……」


彼女の理性と、過去の桎梏の固さは予想以上だった。
そのまま唇が触れそうな甘い空気の中、急にアサギは反転してリヴァイに背中を向けた。
がっくり気を落としそうになったが、振りほどいて逃げようとしないところから、彼女なりに葛藤しているのだろう。
それが伝わってきたので、そのままリヴァイは背中からアサギをそっと包み込んだ。


「アサギ……」

「そんな、優しくしないでください……苦しいから」


長いまつげを伏せたまま、アサギは諦めたようにその胸の内を少しずつ言葉にし始めた。


「私、今まで自分が信じたことをやってきたつもりなんです。でも、だからこそ、これからどうしたらいいのか分からなくて……。結局、私は何かに縋って生きてきました。誰かの敵を討つというのを口実に自分を騙し、命を繋ぐ手段として。でもそれは達成されたところで後には何も残らなくて。目指していた場所のはずなのに、そこには幸せとか、喜びとか、何も無かった。見渡しても、そこにはボロきれみたいになった、くだらない女の自分一人が居るだけ。そんな所から、また何に希望を持って生きろと言うんですか。大事な物なんて、全てこの世にはもう無いんだもの……」


ポタリ、ポタリと零れ落ちるアサギの大粒の涙が、リヴァイの袖を濡らしてゆく。


「もう今となっては何で生きてるのかも分からない!私だって、普通の人が望むような幸せが欲しかった!結婚して子供産んで、家族で仲良く暮らして……。ただ、それだけで良かった……それなのに……。私が……何したって言うんですか……。無我夢中に生きてきただけで、行き着いた先がこのザマ。ほんと……笑える。――人って死んだ後、人を殺めたことのある人と、そうでない人は別々の所に昇るそうです。だから私は例え死んでも、オリヴィエと赤ちゃん達には二度と会えない。生きていても死んでも……どこに行っても独り。これ以上、無理に生きる理由なんて、どこにも……もう消えて無くなり……っ」


アサギの涙伝う頬を強引に引き寄せると、リヴァイは自分のでその唇を塞ぎ、彼女の言葉を飲み込んだ。
一瞬、驚いて抵抗する素振りを見せるが、慰めるように濡れた唇を優しく食んでくるリヴァイに絆され、口づけを受け入れた。
涙味の湿った唇がリップ音を立て離れると、リヴァイは骨がきしむほどにアサギを力一杯抱き締めた。


「人間ってのは、その"生きる理由"を探すために生きてるんだと思うぞ……持論だがな。端から分かってるって奴なんてこの世にはいねぇよ。そもそも、皆何で産まれてきたかすら分からねえんだ。―――お前はさっき『人を殺めたから死んでも独り』と言ったな。お前の言ったことがもし本当なら、俺も死んだらお前と同じ所に行くだろう。恐らく俺の方がお前より殺しの数は多い。だから俺がお前と一緒に居てやる。これからの時間も、死んでからも、ずっとだ」


涙を表面張力いっぱいに溜めて、潤んだ目で『私なんかで……いいんですか……』と聞き取れないくらいか細い声で言うアサギの頬に、涙を吸い取るように唇を寄せ、柔らかな短い髪をそっと撫でた。


「俺はお前と居たい。俺の為に生きてくれ、アサギっ……、」


返事をする代わりに今度はアサギの方からリヴァイにキスをした。

降り始めた雨をも厭わず互いに、

何度も、

何度も。


ようやく――、
二人の間を隔てるものが無くなった夜だった


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