04.『軌跡』


―――……アサギ・コールマン


立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花

とはよく言ったものだ……
その美しい容姿と明るい性格、おまけに訓練兵を首席で卒業し憲兵団に配属された優秀な兵士でもあったため、本人が図らずも何かと目立った。
それ故に、エルヴィンが彼女の存在を耳にするまでに時間はかからなかった。

"美人でやり手の東洋人の新兵がいるらしい"―――……と。

エルヴィンが分隊長に就任してすぐの頃、一人で父親の墓参りに行った時のことだ。
同級生で、共にエルヴィンの父の教え子であった古い友人とバッタリ出くわした。彼も同じく恩師エルヴィンの父の墓参りに定期的に来てくれていたらしい。通りで自分が墓に来る度、誰かによって墓が綺麗にされ、見覚えのない小さなクランツリースが供えられてあった訳かと長年の溜飲が下った。
物静かで穏やかな性格の彼は、今でこそエルヴィンと同じくらいの背格好ではあるが昔は小さくクラスでも目立たない存在だった。
彼とは特段秀でて仲が良いと言う訳でもなかったのだが、自分の父親を慕ってくれている尊い存在であるし、彼とここで再会したのも何かの縁だと思った。
夜の帳が下りた後、街の酒場にて彼と二人、酒を酌み交わした。
同級生という共通する過去を持った者同士だが、互いに知り得ない今日に至るまでの軌跡を語り合った。
仕事のこと、家族のこと、恋愛のこと……。
そして彼が現在の恋人について話し始めた。

『そうだエルヴィン、俺…最近、兵団にいるコと付き合い始めたんだ』

友人は照れ隠しに、短髪のエルヴィンと同じ金髪をガシガシと掻きながら、眼鏡の奥の…瑠璃色に光る青い目を細め嬉々と打ち明けてきた。

『東洋人の可愛いコで、今までは妹みたいな感覚だったんだが……彼女と離れてみて大事な存在だとようやく気付いたんだ』
『もしかしてアサギ……って名前じゃないか?』
『ああ!よく分かったな、兵団内で知り合いか?』
『いや、東洋人の兵士なんて彼女くらいしかいないからピンときただけだ。彼女は憲兵団で調査兵団と直接仕事を共にすることが少ないから面識こそないが……兵団内では専ら美人と有名だ。彼女に男がいると知れたら兵団の男連中がさぞ悲しがるだろうな』

しかし不思議だったのは、彼は自分の職業を薬師と言った……兵士との接点が無いように思え些か違和を覚えたエルヴィンは、不躾と思いつつも二人の馴れ初め等問うてみた。

行商人で壁内各地を飛び回るアサギの両親と、生産者であった彼の両親が元々知り合いで、種などの珍しい物が手に入る度アサギ一家が直接彼の家へ卸しに来ていたという。幼い頃から親の行商に同行していたアサギは彼を兄のように慕い二人は兄妹のような関係であった。だがあるときからアサギの両親が彼女を連れてこなくなった。その訳を聞くに、彼女は彼にも話さないうちに兵団という男社会に入ったと。それを聞いて、彼女が別の遠い世界に行ってしまったような錯覚を覚えた彼は、ようやくアサギを女性として意識していた事を悟った。そして最近彼女と再会した折に告白し、めでたく恋仲となったということだった。


それから数日後、エルヴィンはキース団長の補佐として兵団の幹部会議に出席するために憲兵団本部に来ていた。
いつもは長引く会議もその時ばかりは早く終わったため、空いた時間に挨拶でもしておくかとナイルの執務室を訪ねた。
案の定、ナイルは執務中で忙しいらしく片手間に渋々相手をしてくれた。
そこには彼の補佐なのか女性兵士も一人いて、訪問したエルヴィンに気を利かせ来客用の高価なカップに淹れた程よい濃さの紅茶を出してくれた。

――艶やかな長い黒髪に大きく美しい漆黒の瞳…………彼女は例の、間違いない――

『砂糖とミルクが足りなければ仰って下さいね、エルヴィン分隊長』

兵団内での噂通り、そして友人の言った通りの美しい女性であった。
……成る程、噂になる訳だ……
彼女は普段別の仕事に携わっていたが、彼らの団本部で開かれる幹部会議のお陰で雑務が増えた為、偶然にもその日だけナイルの補佐として就いていたらしい。
しかし、彼女を見たのはその日が最初で最後だった。



そして、それから何年後かに彼女の噂を再び耳にした。

………『退団した』、と。



――――…温かい布団に包み込まれた体が良い具合に微睡んできたので、枕元のランプを消し……再び納まった布団の中、懐かしい思い出を映していた瞳を閉じた。

『一度退団してたが、再び入団希望のヤツがいる。アサギ・コールマンだ、覚えてるだろ?しかもお前の団に入りたいらしい。本人の強い希望だ。』

前触れもなく調査兵団本部のエルヴィンの元に現れたナイルから渡されたアサギの資料。

【退団理由:一身上の都合(体調不良)】とあったが事の詳細は不明。
離職中の彼女のことも全く記されていなかった。

添付されていた戸籍の写しなどは結婚歴も、姓を変更した跡も無く綺麗なものだった。

元より知っていた人物であったし、慢性的な人手不足の我が団には彼女の入団を断る理由などなかったから、その日のうちに二つ返事で承諾したが……ナイルが彼女についてまだ話していない事実があるようにしか思えない。
それともナイル自身もアサギから過去を知らされていないのだろうか……


『入団志望理由は、巨人殲滅のためです。それ以下でも…それ以上もありません。』

エルヴィンは執務室にて再会した彼女に入団理由を借問したが、強い意志の篭もったような瞳で真っ直ぐにそう告げられると、それ以上は質問できなかった。

『…アサギ、君を歓迎しよう。そうと決まれば早速入団してもらおう――』

彼女の指輪の跡は一体何を語っている……… 


――――オリヴィエ……あんなに愛していたアサギとはもう、終わってしまったのか?


彼に思いを馳せながら、エルヴィンは眠りに就いた。


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