52.《悪い癖》


「―――っていうお話でした。すみません、暗い話で。そんな風に生きてきたヤツもいたんだって、流しておいて下さい」


重い空気を散らせて締めくくろうと、無理に笑ってみた。
なのに言葉を紡ぎ終えた途端、沈黙が訪れてハンジの嗚咽する音だけ残った。


「ごめん……あんたのこと、何も知らなくて、私……」

「私もちゃんと話してなかったし――ナナバ……」


なんとナナバが、抱き締めてくれた。
そして女性というのに、マント越しでも分かるくらい筋肉質のこの硬い身体といったら。
彼女もこんな肉体になるまで、今まで色んなものと闘ってきたんだと思うと、こちらまで何だか切なくて逆に抱き締め返した。


「何で……アサギはこんな話を笑って話せるんだよ……」

「今日までに、いっぱい、いっぱい一人で泣いたから」


横で聞いていたハンジが、おもむろに曇ったゴーグルを外すと、尚も号泣しながら二人をまとめてハグしてきた。


「ハンジさんてば、一人だけ大泣きしてるから、私とアサギでいじめてるみたい」

「バカ、これはアサギが泣かないから……私が代わりに泣いてあげてるんだよ。代わりにでも何でも、一緒に泣いてあげるから、一人で抱え込まないで。私達にだって、アサギに何かしてあげられることあるかもしれない」

「ありがとうございます……ハンジさん」

「で、どう気分は?アサギ、今日死ぬつもりだったろ。お腹の子供とオリヴィエの敵討ちが終わっちゃったから、もう生きてても仕方ないとか思ったんじゃない?」


この人、表向きには同情して泣いたりと柔らかい感情を見せるくせに、その眼鏡の奥では本質を見抜くための曇りない眼を光らせていて。
あぁ、やっぱり敵わないと、改めて思っては観念したように深い溜め息をついた。


「……その通りですよ。お二人に過去を話したことで少し気分が軽くなりましたが、だからといってこの底の見えない虚無感を埋められる訳ではないようで……。正直なところ、こんなに早く敵討ち対象の巨人を討てると思ってませんでした。今の気持ちを例えるなら、暗闇の中を遠く光る星目指して進んでいたのに、その星が忽然と無くなった感じ。……今もまだ気持ちの整理がついてません」

「今は話を聞いてやることしか私にはできないけど、"日にち薬"って言葉もあるだろ?現に今、アサギは生きてる。過去のことで誰もあんたを責めたりしないし、むしろ死にたくなるほど頑張って生きてきたんだから、胸張って生きて欲しい。私、知ってる通り口下手だからあまり上手いこと言えないけど……とにかく今、皆生きてここに居られることを嬉しく思う。でさ、壁内帰って落ち着いたら、語って飲み明かそう!同期の腐れ縁でもあるしさ」


涙が溜まり、薄っすら赤く充血するナナバの大きな瞳と視線が絡む。
きっとこの子にだってツラいこともたくさんあったはず。なのに、それでも輝きを失わずこんなに綺麗な目をして、強く生きてる。自分も下を向いてばかりはいられないという気持ちが芽生えた一方、貴女は貴女、私は私なんだから放っといてと歪んだ気持ちもあった。
だけど、私の話をちゃんと最後まで聞いてくれて、こうやって私とこれからも仲間として一緒に居たいと真剣に言ってくれているその真っ直ぐな目に、これ以上否定的なことを言うことが躊躇われて、もう何も言うことが出来なくて、ただ黙って頷いた。


「っとに、あんた達!同じ様なグリグリ頭しちゃって可愛いヤツらめ!よしッ、今度飲む時は全部私のおごりだよ!」


ブロンドと黒、二つのショートカット頭をまるで大型犬を扱うかのごとく、大胆にわし掴むとハンジは豪快に笑いだした。


こんな風に雰囲気に流されるところが自分のダメなところだと内で自嘲しながら、

―――私は二人に合わせて笑った


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