41.《踏みにじられた花蕾》*


『もう厨房はいいから、今日からアナタは旦那様のお側で給仕なさい』


雇い主は貴族界きっての東洋人好きで知られていたので、使用人として働くにあたり、東洋人の象徴である黒い髪は茶髪のウィッグで覆い、目鼻立ちハッキリさせるメイクを施し、可能なものは全て詐称して屋敷に入り込んだ。
厨房の洗い場で皿洗いをしながら屋敷の主の行動を見張るという地味な日々も板についてきた頃、突然使用人頭から言われたその言葉に耳を疑った。


『旦那様がアナタの目の色をたいそうお気に召されたようだったわ。まるで東洋人のようだって』


隠し切れない"血"を、初めて疎ましく思った。その日から、私の消し去りたい生地獄の始まりだった。

屋敷の主人は、齢50過ぎの独身、体つきは中肉、物静かで口数も少なくぶっきらぼうだったから、何を考えているのか全く読めない男だった。たまに王都へ出掛けると言って留守にすることはあったが、普段は屋敷で過ごすことが多く、部屋に籠りがちで食う・寝る以外の娯楽は何もしている様子はなかった。

こんな父ほどに年の離れた男の世話をしなきゃならないなんて馬鹿馬鹿しい。でも近くに居ることでこいつが"黒幕"だという証拠が掴みやすいのなら願ったり叶ったり、か。

それでも生理的に沸き起こる不満を堪えて、寝仕度をしている男の肩にベロアのガウンを掛けてやる。すると、それまで『うん』『あぁ』くらいしか喋らなかった男が、初めて私に対して口を開いた。

『何故、お前は東洋人の目をしている』

まさか男が喋るとは思ってなかった上にズバリなことを聞いて来るものだから驚いた。もしかしたら先祖に東洋人がいたかもしれませんね、など誤魔化そうとしてテキトーなことを言ったのがいけなかったのだろうか。

『少し、話をしようじゃないか。葡萄酒を二人分頼む』

こちらは何も話すことなど無いのだが、お給仕らしく言われた通りの物を準備して部屋へ持ってきた。しかし、男はつまみも取ってこいと言い始めた。仕方なくもう一度厨房行き、置いてあった晩のデザートの残りである焼き菓子を持って戻ると、既にグラスには葡萄酒が注がれていた。それだけでも様子がおかしいのに、自分が飲まされる側のグラスには何か異物が沈澱しているのが見えた。怪しすぎる。普段の自分なら絶対に飲まない。だが置かれている状況から判断しても、飲むという選択以外なかった。これには親の敵討ちがかかっているのだから。自分の気さえしっかり持っていれば、薬物であろうが何だってコントロールできる。若く初だった私は、そう固く信じてグラスに口をつけた―――



……あたま、いたい……

ゆっくり重たい瞼をあけると、見たことのない天井。

グラスを飲み干したところまでは覚えてるけど、
ここはどこ……

だるい体をようやく起こす。頭を押さえながらぼんやり見渡すと、どこかの寝室のようだった。自分がいるのは大きなベッドの上で―――波打つ白いシーツには点々と赤いものが付いている。ハッとして見れば、自分は服を纏っておらず裸で、内太股の辺りには血が混じったみたいな白い体液様のものが流れた跡が乾いて残っていた。

これは、何?

何が起こったのか全く想像がつかず、しばらく座って考えみた。
どうやら出血しているのは自分の秘部からのようだ。異物感があり、鈍く痛む。
一体、私は何をされたのかしら……何だか気持ちが悪い。知りたくない、考えたくない……
そこへ突然ドアが開いて、素っ裸の屋敷の主が入ってきた。


『いつまで寝てるんだ、もう薬も抜けてるだろ。グズグズしてないで仕事しろ。まったく、人のベッドを汚しやがって。汚ないシーツは捨ててさっさと交換しておけ』


床に落ちていたガウンを取りながら、ねっとり気色の悪い目付きで『このことを口外したら殺す』と呟くと男は出ていった。

いつまでもこの部屋に居たくない、と服を探すのに立ち上がると、下腹部の激痛と同時にドロッと何かが出てくる感覚に思わず座り込む。



――昔みたおとぎ話の、

眠っている間に羽を奪われた妖精みたいな気分だった

私は、もう飛べない――



足を伝って流れる、血の混ざった白濁色を見つめながら、声を殺して泣いた。


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