33. 夢幻泡影


―――あれから、


兵舎に戻り、自分達の部屋の前で別れるという時だった。

何となく、まだ話し足りない、もっと一緒に過ごしたい、という名残惜しい気持ちに駆られた俺は、馬上で機械油の話で盛り上がっていたのを思い出し『油、多めに調達したからお前も試してみるか?』と思わず口走って自分の部屋に誘ってしまった。
つい先刻まで饒舌に喋ってくれていたこともあり、もしかしたら首を縦に振ってくれるかもしれないと淡い期待をよせたが、案の定アサギは渋っていた。
先日の件もある、だからあまり強引なのも良くない。
なので『嫌ならいい』と突き放すような言い方をすると、せっかくだから……と彼女は俺の部屋に足を進めた。

そして俺らは初めて共に飲み明かした。
紅茶ではなく、酒を。
既に閉まっていた食堂から葡萄酒を何本かくすねてきて、俺の部屋で開けた。
かなりの量を飲んでも顔色がほとんど変わらないアサギは、酒には強い体質のようで、男として負けてはならないと妙な対抗心を燃やした俺は、久々に酒が美味いと思ったこともあってか、柄にもなく少し飲み過ぎてしまった。
機械油から始まり、興味を同じくするもので話題は尽きなかったが、酒の勢いもあって、今ならアサギが過去を話してくれるかもしれないと思い、そのきっかけになればと自分の過去を少し話してみた。
地下を"汚ねぇ世界"だったと揶揄して言う俺に、『それは上も一緒ですよ』と黒に近い茶色の瞳は苦笑しながら、たくさん古傷をこさえた白い手で酒を煽った。

こんな細い身体で、どんなツラい経験をしてきたのだろう

その澄んだ黒く大きな瞳に、どんな凄惨な景色を映してきたのだろう

この小さく傷だらけの手は、何と闘ってきたのだろう

多分だが、直接過去に何があったかを聞けば、アサギは話してくれるだろう。
ひた隠しにしてるような感じも見受けられないし。
ただ、俺が、気になるクセに、何となく聞ちゃいけないような気がして尻込みしているだけだ。

結局、差し障りのない話をして、二人いつの間にか寝落ちてた。
俺のベッドで。
もちろん、ただ川の字で眠っただけで彼女には指一本触れていない。
しかし俺が起きたときには、もうアサギは居なくなっていて、酒ビン等が散らかっていた机も、綺麗さっぱりゴミ一つ無くなっていた。
まるで昨晩一緒に過ごしたのが嘘のように。

もしも嫌われていたなら、身体の関係は無いにしても、同じベッドで寝たりしないだろう。
あいつは、俺のことをどう思っているんだろうと、隣の部屋にいるであろうその人物に思いを馳せながら、もうすっかり冷えてしまった彼女が眠っていた場所に手を伸ばした。

俺にもこんな女々しい自分、いたんだな……


そうして、壁外偵察の朝を迎えた――――


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