23.【娼婦】 街灯一つない狭く暗い裏路地――― レンガ敷の道を、高めのヒールが足早にたてる音が建物に反響する。 頬が寒さでチクチクするほど冷えた空気で、雪が降ってもおかしくないと天を見上げたが、そびえ立つ建物に切り取られたような小さな空には幾つもの星が綺麗にくっきりと浮かんでいて、雲なんて一つも無かった。 こんな風に一人で夜の街を歩くなんて、どのくらい振りかしら…… 急に感慨深くなり、思わず足を止めて肺から息を吐く。 すると、その白い息の向こう側の、路地出口から見える街の大通りを一人の見覚えある男が横切った。 無意識に、しばらく気配を消して様子を窺うと………… …ったく、……もう……面倒なことはしたくないのに…… それが本音、……だけど放っておけない。 一つに結い上げていた髪のピンを抜いて無造作に下ろし、分厚いコートを脱ぎストールを肩に羽織るだけにして、爪先に力を入れ足音をさせないよう小走りで彼の進路を先回りした――― ―――嗅ぎ付けられたか…… 今尾行してきている奴らに、自分が彼らの存在に気が付いたことを悟られぬよう平然を装いながら歩く。 調査兵団の諜報部隊に任せていた案件の報告を受けるべく、予めエルヴィンが指定していた場所と時間で、その部隊員と落ち合うことになっていた。 だが、"こいつら"のせいで全て台無しになった。 結局エルヴィンは目的の場所にも辿り着くことなく、どうやって彼らを撒いて寄宿舎に戻るかとそればかり考えていた。 ……フードを被り、忍んで出てきたというのになぜ私だとバレている……奴らは何者で何が目的なんだ…… そんなエルヴィンの進行方向では、沿道で色華やかな娼婦たちが客引きをしている……世にいう"風俗街"だ。 面倒な道を選んでしまったと、若干後悔しながらも引き返すことができず、そのままそこへ足を進めていくと――― 「あら、久しぶりじゃない。来てくれたのね!」 「………?!」 一瞬の出来事に目を皿にしたエルヴィンの腕に絡み付いてきたのは…… …娼婦……いや、アサギ……?! 「待ってたのよ?ねぇ、今日はあたしの所へ来てくれたんでしょう?」 「……っ、もちろん」 状況を理解するのに苦労をしているというのに、胸元の開いたドレスで自分の腕に豊かな胸をぎゅうと押し当て、猫なで声で問いかけてくるアサギに、条件反射でつい肯定してしまった…… 自分も男なのだなとエルヴィンが自嘲していると、他の娼婦が横取りすんじゃないよと怒鳴ってきた。 「この旦那はあたしのお得意様なんだ、すまないね。ねぇ?旦那?」 アサギはそう言い返すと、エルヴィンの首に腕を回して耳元に囁きかけた。 「8時に1、6時に2、12時に1です」 「……あぁ、分かってはいるが……」 「ご無礼お許しください」 「……何を……っ!!」 どの方角に何人の刺客がいるかを告げた後、アサギはぐいっと筋肉質の腕を強引に引き、すぐそばの路地に引っ張り込むとエルヴィンの背を壁に押し付けるや否や、ループタイを強く引き寄せ、その唇に赤いルージュを引いた自分のを重ねた――…… |