04.going down 『―――………え?』 付き合ってる男と街でショッピングした帰りに立ち寄ったカフェにて…… 砂糖を入れ、マドラーでコーヒーカップをクルクルかき混ぜていた手を止めて、彼から発せられた言葉に耳を疑う。 『だから……俺らの式のことだけどさ、……――』 会社の社長のバースデーパーティーで声をかけられて知り合って、付き合うようになってから3ヶ月……彼は他社の勤めで海外出張によく行ったりで忙しいらしく、まだ数える程しか会った事ない清いお付き合いだったから、尚の事その時言われた意味がよく分からなかった。 結婚――…確かにこの歳にもなると、20代前半にしてた自由な恋愛というより、結婚の事を見据えた真面目な恋愛をしたいと思うようになっていた。 だからこそ、この彼ともいずれ結婚までいくといいなと何となく思っていた……が、余りにも唐突過ぎて頭がついていかなくて… 『ごめんなさい、ちょっと話が飛躍してて内容が呑み込めない………どういうこと?』 テーブルの上で手持ち無沙汰になっていた混乱する私の手を取り、彼は一からゆっくりと話し始めた。 要するに、私と結婚したいということらしい……… この今の付き合いに結婚を意識していたのが伝わって焦らせたのだろうか…思い当たる節はないが、もしそうだとしたら彼に申し訳ない気もする……でも悪い気はしない、正直、寧ろ嬉しい。 ちゃんとしたプロポーズが無いのは残念だけど、でもそういうのは色んな形があるものだから、これはこれでいいのかもしれない。 ウェディングドレスとかも色々探したりしなくっちゃ…… などと思案していると、彼の話には続きがあった。 なんでも年明けに海外で挙式をしたいから、それを予約するのに前金が必要とのこと。 それから、式で使用する結婚指輪も近いうちに購入したいと…… 彼は、結婚してないうちは結婚に掛かる費用は割り勘でやっていきたいと言ってきた。 私も一応社会人で結婚資金をある程度自分で貯めていたし、自分の結婚費用でもあるので全てを相手に出させるのはフェアじゃないと思っていた、だからそれはそれで納得した。 そこで提示された金額は式の前金に100万円、結婚指輪に30万円だった。 最初に大きな額を払っておけば残りの金額払うのが少なくて済むと、彼は言っていたのでそれを信用して、後日現金を彼に手渡した――― 「――…んで、そのままとんずらされちまったって訳か……」 「その後、何度かは連絡取ったんですけど、海外出張行くって言ってそのまま音信不通になっちゃって……。何度電話かけても使用されてないって音声が流れるんです。出張で中東の紛争地域にも行くと聞いたことがあったので、万が一事件にでも巻き込まれてたらいけないと警察に相談に行ったら……なんと彼の名前が、国際手配されている詐欺師がよく使っている偽名と同じだったんです。信じられなかったけど、刑事さんが見せてくれた手配犯の顔写真は、紛れもなく“彼”で……。事件に巻き込まれてたのは、彼じゃなくて私の方だったんです……笑っちゃいますよね。一応、被害届は出してきました。でもお金を騙し取られたことを証明できるメール等のような物的証拠が一切無くて……刑事さんから可哀想だけど検挙するのは難しいって同情されました。彼がそういう人だって、見抜けなかったことが悔しくて虚しくて…………」 「……。」 話しているうちに、いつの間にか景色は郊外のものに変わりネオンも少なくなっていた。 ……運転手も私の話に呆れたのか黙り込んじゃったし……何だか話して余計にテンション下がっちゃったな…… あーあ、そして今年のクリスマスもまた、独りで終わるのね……… あちこちの民家の庭先で賑やかにクリスマスを演出しているイルミネーションライトをぼんやりと眺めていると、ラジオから流れてくる曲に意識が浮上する。 「この曲………懐かしい……」 この歌をよく聞いていた学生の頃、今の歳になっている自分はもっと大人で、仕事もバリバリこなす頼れる女上司のようなのを想像してた。 結婚して子供もいて幸せな家庭があって…… そんな未来をと意気込んで地方から都会に飛び込んで来たけれど…………今の私は……… 恋愛と貯めてた結婚資金を同時に失ったと思ったら、仕事でも上手くいかず空回りばかり。 ファックスは誤送信するし、書類作っても凡ミスばかりで何度も作り直し…些細なミスの積み重ねで上司から怒られて、挽回の為にとクリスマス返上してサービス残業してたら会社出るの遅くなっちゃうし。 終電逃さないように走ってたら交差点のド真ん中でヒール折って転んで怪我して、メトロ乗り遅れて……。 タクシーの運転手も怖いし………… こんなに身も心もボロボロになるまで頑張っても、何もいいこと一つもないじゃない…… 家に帰っても誰も居ないし、電気すら点いてない…いつもの寒い部屋で……… ――…私……馬鹿みたい……―― 「おい………泣くなよ……」 「ッ、………な、泣いてません。目に……ゴミが入っただけです…………」 「……ったく、お前は…………。お人好しなのも、泣いたときの言い訳も…昔から全く変ってねぇな、アサギよ」 「運転手さんに私の何が分かるんですかっ!…………って、え?……私の名前……何で?」 突然、名前を言われて我に返る。 ……どうして私の名前知ってるの…?『昔から』ってどういうこと?! 運転手に質問しようとした時、ちょうど家に近いレイクサイドパークの辺りを通りかかった。 それなのに運転手はスピードを落とさず、何も言わずに公園を通り過ぎようとしている…… もしかして目的地に近いって気がついてないのだろうかと焦って思わず乗り出して言った。 「あッ!ちょ、ちょっと……!すみません、すぐ右に家がッ……!」 「お前の家がここなのは分かった。だがお前、どうせこのまま家に帰っても一人で何もすることねぇんだろ……なら少し付き合え」 「んなッ!確かに予定は無いですけど、あなたに関係ないじゃないですか!こんな事って……!ここで降ります、お金いくらですか!?――……え、メーターが!?」 アサギがメーターを見ると電源すら入ってない。 これは一体……… 「最初から金取るつもり無かったからな。危ねえぞ、大人しく座ってろ…―――」 ――嗚呼、神様……… 私はどこまで落ちるのでしょうか―――― |