03 − その後の二人 (3/37)
「…………」
 ほォ、とペンギンが頷き、ベポがイユの肩に手を置いた。
「なるほどー! それじゃあ仕方無いね、イユ!」
「…………」
 冷めてきたマグを掴んだままイユが項垂れているのを見て、シャチは慌ててハイッ! と、手を上げた。
「で、でも! だったら何で船長がベッド脇であんな事になってたんすか? そんなにイユの寝相が悪ィんすか?」
「いや、寝相はいい」
 ローは目を閉じたまま云ってのける。
「すんなり答えないでっ!!」
 そんな事を褒められても嬉しくないし、何やら恥ずかしい。寝相が悪いせいでローを蹴落とした方がまだいい気がした。
「ローが落ちてたのは自業自得だと思うけどね。私の寝起きの視界に入ってきたのがローの顔だったの。すぐ横にローが居て、人の顔をニヤニヤ覗き込んでたの! 起き抜けにその悪人面のニヤニヤとご対面してみなさい!! どう!? “メス”で心臓取られたみたいな気分になるでしょっ!!?」
 それが戦慄なのか、動悸であるかは明言しなかったイユだったが、シャチが想像したのは“戦慄”の方だったようで、ヒィ! と声を上げた。
「身の危険を感じた時、人はどうすると思う? 手に“春嵐”を握ってなくて良かった、思わず斬っちゃってたかもね」
 イユは大袈裟に肩をすくめてみせる。
「ああ……それで船長は――」
 ベッド脇に引っ繰り返っていたのか……と、ペンギンが呆れたような、納得したような声を上げた。
「凄いね、イユ! キャプテンの事、突き飛ばしたって事だよね!」
「そうそう、凄いでしょ! “死の外科医”をベッドから突き落としたの、私!」
 あははは、と笑うイユだったが、シャチは顔を引きつらせながら後ろのソファを振り向いてみる。
「せ、船長ォ……?」
 ローは特に怒った様子もなく、ソファに寝転がったままだ。目は閉じていたが、口許は面白そうに上がっている。
 シャチはそれにホッとしつつも、一つ引っかかりがある事に気付き、再び挙手をする。
「あーっと、もう一つイイっすか? おれは船長がイユに酒を飲ませた事にビックリなんすけど」
 そう、目の前に佇む空の酒ビン。それをローが飲んだのなら問題無いが、イユも飲んだとすると驚きだ。しかもローが飲ませたのなら尚更だ。何故なら、以前に「金輪際、イユに酒を飲ますな!!」とロー自身が命じたのだ。あの時の睨みと怒号で、暫く鳥肌が治まらなかったシャチは首を傾げる。
「そうそう、私も誘ってくれた時は驚いたの。あの日から頑なに飲ませてくれなかったから」
 イユは知らない。自分が何故酒を飲ませてもらえなくなったかを――。
「ああ、イユが酷い二日酔いになったやつだな」
 ペンギンは小さく笑った。それは、酔ったイユを介抱しに行ったローの素早さと、翌日の献身的な世話ぶりを思い出しての事だったが、何を感じ取ったのかローがいつの間にこちらを睨んでいたので、ペンギンはゴホン、と咳払いを一つした。
「どういう心境の変化? それともただの気まぐれ?」
 イユは空になったマグをベッドのサイドボードに置き、ローに視線をやる。
 特産酒はとても口当たりが良くて、本当に良い心地で酔えたのだ。だから、これが気まぐれだとして、再び飲ませてもらえなくなるのだとしたら少し惜しいものがある。
「……」
 ローの眠気は去ったようで、開いた目は眠たそうには見えなかった。四人の視線を受け止めつつ、しばらく天井を見つめていたが、ふとソファに頬杖をつき、それはそれは意地悪そうな笑みを浮かべ、イユを見た。

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