12/07/02〜12/08/21
キラー

セピアの恋



 ――カラン、カラン。
 ドアのベルが揺れ、小気味の良い音を立てた。
 この音が好きだと云う理由だけで、一週間足しげく通ってくれている男が、今日もまた店に入ってくる。小さな喫茶店には似合わぬ風貌の“殺戮武人”の登場だ。
「いらっしゃい」
 私はそう声を掛けて、後ろの棚からグラスを取った。カウンター席に腰を掛けたキラーにアイスコーヒーを一つ。ストローも忘れずに。
「静かだな」
 キラーはカラカラとストローを回す。
 今日は馴染みの客も居ない。店内は二人だけだ。
「ウチの喫茶店には“殺戮武人”が通っているって噂になってるらしいから。今日は誰も来てないの」
「それはすまない」
 自分の分のコーヒーを淹れて、コーヒーシュガーを一つ落としながら私は笑った。
「いいの、キラーと話せるのだってもう明日が最後だし」
 彼らは海賊。ログが貯まったら次の島を目指し、出航してしまうのだ。
「そうだな……」
 スプーンを静かに回すと茶褐色のコーヒーシュガーもくるくる回る。角砂糖のようにすぐに溶けてしまえばいいのに。――未練がましい自分と同じだ。
「海は好きか?」
 唐突に質問が飛んできた。
「そりゃね。だから“海が見える喫茶店”にしたんだもの」
 カウンターに立つ私からは、キラーの背後の窓から海が見える。高台に位置するこの店は近海の限定された場所からでないと見えないのだ。彼はこの店をよく見つけたものだ。
「キラーは海は好き?」
「海賊だからな」
 私はふふっと笑ってしまった。
 素顔も見た事ない彼だけれどこれで結構ユーモアがある、と思う。だからキラーとの会話は楽しいし、過ごす時間は居心地が良かった。
 ――寂しい、な。
 元々コーヒーは無糖派なのに砂糖を入れて飲むようになったのは、ほんの数日前だ。
「この店は好きか?」
 再びの唐突な質問は少し遠慮しがちに聞こえた。
「当たり前でしょう、店主だもの。自分で立ち上げた店だし……海も見えるし、そんなに忙しくないし、お客さんもみんなイイ人だし。たまに物騒な武器を持った海賊さんが来たりするけどね?」
 微糖のコーヒーを啜り、クスッと笑う。
「でもなァ、そうだなー……もう少し経ったら店をたたんで旅でもしようかなって思ってるの。この窓からじゃなくて色んな場所から海を見てみたいとか、そんな事考えてみたり」
 それは夢でしかないけれど。貯金が出来る程稼げる店でもなし、そんな無謀な挑戦が出来る程、準備も勇気も無かった。
「――そうか」
 そんな夢物語を聞いて、キラーは笑ってくれた気がした。
 いつの間に飲み干したのか、アイスコーヒーのグラスは空になっていた。
「明日もまた来る」
 チャリ、と代金を置いて、キラーは席を立つ。
「うん、待ってる」
 出来るだけ自然に笑ったつもりで頷き、ドアへ向かう背中を見送る。
「明日また来るが……」
 キラーは振り返った。
「支度はしておけ。ゆっくりしている暇は無いからな」
「……支度?」
 キラーの言葉は唐突なものが多いけれど、これはさすがにチンプンカンプンだ。
 首を傾げれば、キラーは仮面の奥で笑った。
「“旅”の支度は時間がかかる」
 特に女のはな、と云って、ドアノブを回す。
 カランカラン、とキラーの好きな音が鳴った。
「うちの船でもコーヒーは出せるぞ」
 どうだ? なんて聞いてくる。
 私はぬくいコーヒーカップをぎゅっと掴んだ。
 そんな、唐突過ぎて、それに、私は――。
「ここで別れるのには惜しい店だからな」
 海賊なんて、
「それを云うなら“惜しい女”でしょう」
 あなたとなら、
「フフ、そうだったな」
 いいよ、なんて。
「明日、待ってる。“旅支度”をちゃんと整えてね」
 笑顔で頷いてしまったのは仕方のない事。
「ああ」
 短く答え、再びベルは音を立てた。ドアが閉まる。
 馴染みのお客さん、ごめんなさい。私は明日、見た目は怖いけど優しい海賊に恋して旅に出ます。
「“好き”なんて、まだ云わないけど……」
 カップの中のコーヒーシュガーが角砂糖のように溶けたのを見て、私は笑って呟いた。









 Fin.










→→→→→
 前回と同じくキラーで拍手お礼でした。前から拍手用にと書いていたものなのですが、長過ぎたので必死に縮めたものです。文章を削るのは難しい事なのですが、無駄も省けるので、より洗練された文章になって、いる筈ですが……どうなんでしょう。
 キッドはヒロインの事知らないんだけど、この話の後でキッドに話したりして。「明日、新入りが入る」「あ? 勝手にしろ(やるな、キラー……)」みたいな。ちなみに私もコーヒーはブラック派です。
 拍手&コメント、どうもありがとうございました!

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