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「……え、……?」
 恐る恐る振り返るナセに、クロコダイルはハッと目を見開く。考えるよりも早く反射的に呼んでしまった事に気付くが、もう遅い。
 自分はナセを、ミス・ロビンを殺しに来たのだ。自らの手を使わず消えてくれるなら、その方が良いに決まっているではないか。
「なんで――」
 クロコダイルがこんな所に居る事に、そして自分の名前を呼んだ事に心底驚いたナセは立ちすくんでいた。
「……ミス・ロビン……」
 クロコダイルは呻くようにコードネームを口にし、物陰からゆっくりとナセに近付いていく。
 しかし、その歩みは中途半端なところで止まった。
「――?」
 ナセはクロコダイルの怪訝な視線が自分の後ろに注がれている事に気付き、河の方を振り向いた。
 いつの間に海賊船は岩場に着岸しており、バロックワークス船では何やら騒がしい。
「ひゃー! 危ねェ危ねェ!!」
「いきなり砲弾ブチ込んでくるたァ行儀悪ィ奴らだ、ンニャロウ!」
 命からがらと、しかし口々に文句を云いながら社員達が船から降りてくる。船の中に居た彼らに特に酷い怪我を負った者は居なさそうだった。
「みんな!」
 ホッとしたナセだったが、社員達の様子にハタ、と動きを止める。皆、目つきが鋭いのだ。
「ハハハ! 見ろよ、さっきナノハナ港でおれ達に因縁つけてきやがった奴らの船だ! おれ達の何がそんなに気に食わねェのか知らねェが、ありがてェじゃねェか!!」
「あァ……奴らを潰して船や金品を奪えば――ボスに報告すればまた一つ、ナンバーエージェントに近付けるに違いねェ!!」
「任務じゃ無ェがチャンスだぜ!!」
 降りてきた社員は皆、戦闘を始めようと息巻いていた。それは自分の為、自分の地位の為――。
「っ……!」
 勿論、ナセもそれに続き、我が社の為、ボスの為と思うべきだったが、何故か皆のただならぬ様子に戸惑う。
(みんな、怖い……)
 地位の為にと得物を持ち、海賊船のクルーが降りてくるのを今かと待ち受ける社員達。いつもこんな状況に立ち会う度、自分と社員達との温度差を感じていた。ナセはただ純粋に会社の為に、ボスの為にと動いている。だからきっとそれを感じるのだろう。
(それでも私は戦う――ボスの、サーの為に使い捨ての駒にだってなれる)
 ナセは険しい顔をして立っているクロコダイルを肩越しに見る。
 クロコダイルも海賊船に興味があるのか用があるのか、そのまま去る事なく船を睨みつけている。
 今まさに、ボス視察の下で戦闘が始まると解る者はナセ以外に居ないだろう。
「ヘヘ……ドフラミンゴの野郎が云った通り、クロコダイルが居るぜ」
 パドルシップからゾロゾロと降りてきた海賊達は、バロックワークスの社員よりも、まずクロコダイルの姿を目に留めた。
「七武海を消しゃァ、おれ達の名も上がるってもんだ」
 海賊達の抜いた鈍く光るサーベルが自分の方へ向けられた事に気付き、クロコダイルは訝しむように目をすがめた。
 一方、それがボスだと知らない社員達は、クロコダイルの再度の登場にも動じず、得物を構え、ただ海賊達を打ちのめす事だけを頭に声を張り上げた。
「野郎ども! 戦闘開始だァ!!」
 その声を合図に、再び岩場は騒がしくなった。
 ナセも銃を構え、海賊を狙って撃っていくが、すぐにある事に気付いた。
(あの人達、全員こちらへ来ていない。半分は……ボス狙い――!?)
 海賊達の流れに目をやると、彼らは人数の半分を対バロックワークスへ、残りの半分をクロコダイルの方へと動かしていた。

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