89
無意識にか、鉤爪に掛けた手を強く握り締める。
と、その時だった。
「――?」
ドドド、と大きな滝が滝壺へ落ちているような音が聞こえてきて、クロコダイルは顔を上げた。その音は海の方からだった。
ナセもそれに気付いたようで、少し警戒した面持ちで下流に視線を向けている。
音はどんどん近くなり、ついにサンドラ河に“その影”が映る。
「パドルシップ――?」
二つの“外輪”が水を大きく掻いている――外輪船が姿を現したのだ。
河を逆走して海から侵入してくる大きなパドルシップは、バロックワークスの船が停泊している岩場へと近付いてくる。
「あれは……さっきの船!?」
ナセは立ち上がり、パドルシップのマストにはためく旗を凝視する。
それは黒い旗にドクロ、紛れもない海賊旗である。そして、ナノハナ港で因縁をつけてきた海賊たちの事を思い出した。しっかりとは確認していなかったが、確かあんなジョリー・ロジャーだったような――
「あれァ、クソ鳥の下っ端共の船じゃねェか……!」
と、クロコダイルの脳裏に先刻のドフラミンゴとの会話がよぎる。
――急がねェと“奴ら”にやられちまう――
「まさか!!」
クロコダイルは身を潜めている事も忘れ、声を上げた。しかし、その声は耳をつんざくような音でかき消された。
「!!!」
突然、海賊船が停泊中のバロックワークス船に向け、大砲を撃ったのだ。しかも、威嚇の意味ではなく、しっかりと船を狙って。
「うわああああッ!!!」
「みんな!!!」
砲弾はバロックワークス船を直撃した。
船から荷下ろし中だった社員らは砲撃を受けた付近におり、ほとんどが思い切り吹き飛ばされた。そして、そばだっていた岩壁に打ち付けられたのか、その下で力なく横たわっている。不意打ちでもろに大砲を撃ち込まれた船は激しく損傷し、その周囲には木片や荷が至るところに転がっていた。
「あンのクソフラミンゴ……!!」
怒りを露わにクロコダイルは右手を握りしめた。爪が手の平に食い込み、額に青筋が立つ。
社員はどうなろうと構わないが、限られた資金のやりくりで用意した船である。乗っている武器や荷も、計画の為には大事なものだ。
「あの野郎、どこまでおれの邪魔をするつもりなんだ……!」
船から離れた場所に居たクロコダイルは被害も無く、それはまたナセも同じだったが、足元に転がってきた誰かのサーベルに彼女は目を見開き、息を飲んだ。
「み、み……みんなはッ……!!」
そんなに遠くもない位置で砲撃を受け、バロックワークス船は頼りなく浮かんでいる状態だ。そして海賊船の大砲は未だこちらを向いている。追撃があるかもしれない。
それでもナセは船内に居たであろう社員の事が気になり、船に駆け寄ろうとした。
「ッ行くな! ナセ!!」
それを引き止める声が響き、ナセはビクッと立ち止まった。
「――っ!?」
その名を知る者は、ここには居ない筈だった。
その名を呼ぶ者は、もうその名を呼ぶ事が無い筈だった。
- 89 -
←|→
←
←zzz