01
長野県上田市。四方を山に囲まれ緑溢れるそこは自然豊かだと言えば聞こえは良いが、ただ単純に田舎。過疎地という表現を使わないだけまだましだろう。
「おばあちゃーん、おじいちゃーん。来たよー」
当たり前のように開いている玄関から叫び、よいしょと腰を下ろした。トランクケースを引き摺り新幹線、私鉄、バスと乗り継ぎ東京からの旅は疲れたの一言に尽きる。照りつける太陽に思わず私を溶かす気かと睨み付けてしまうぐらいに。
「あらあら、遠いところよく来たねぇ。そんなとこで寝転んでないで中にお上がんなさい」
冷んやりとした板の間に既に大の字で伸びていた私にしわしわな顔で笑う祖母の顔が飛び込んできた。
「おばあちゃん。久しぶりー」
「随分重そうな荷物だねぇ」
「これでも軽くした方だよ。おじいちゃんは?」
差し出された雑巾でトランクケースの車輪を拭いて家の中に上げる。
「畑だよ。畳の部屋で良いだろう?」
「うん、畳好き。畑?こんな暑い中?日射病になっちゃうよ。大丈夫?」
「あの人はそんな柔じゃありませんよ。ほら、荷物を置いたらこっちに来なさい。冷たい麦茶を入れとくよ」
腰の曲がった祖母が台所に入るのを眺め、お客様用の畳の部屋へと向かった。
「うわぁ」
白いレースのカーテンが気持ち良さそうに靡いていた。トランクケースを隅に置いて、肩から下げていたポシェットも下ろす。部屋を見渡せば埃一つ、塵一つない。きっと祖母が丁寧に掃除しておいてくれたのだろう。曲がった腰では大変だろうに。
年季の入った畳は新しいそれみたいに強い香りはしないけれど、汚染された空気の中で蠢いていた私には十分過ぎるほど新鮮で澄み切った香りだった。
思わず鼻の奥がツンとしてしまうぐらいには。
「First nameー」
「はぁい!」
祖母に名前を呼ばれ、私は依存していた携帯電話さえもポシェットに入れたまま祖母の待つ縁側へと向かった。
あぁ、やっと息ができる。
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