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12

うっとおしい雨。この雨のせいで臭いは消え、キバの鼻は役立たず。そのせいで任務は思っていたより難航した。

木の上で恨めしげに未だ降り続く雨を睨み付けていたら、下からヒナタの蚊の鳴くような声が聞こえてきた。


「キバくーん、帰るよー」


あぁ、早く帰らねぇとな。あいつ、ちゃんと飯食ってるかな。

First nameは動かない。まるで屍のようだ。

首筋の赤黒さも消えてきた。それがなんだか心許なく思ってしまっている私はやっぱり可笑しいのだろうか。

夕方に起きて、仕事行って、夜中に帰ってきて、また寝て寝て寝て、夕方起きて。そんな繰り返し。


「キバ、帰ってこないや」


あの日からキバは帰ってきていない。いってらっしゃいも言えなかったのに、こんなに長引く任務だなんて聞いてなかったのに、なのに、キバは帰ってこない。


「キバ」


つーっと、頬伝った泪はもはや無意識だ。


「うーす、ただいまー」

「ワン!ワンワン!」


玄関聞こえてきたそれも、もはや幻聴かと思うぐらいで、とうとう私もヤバイなと思いながらそっと瞼を閉じた。


「First name?」


近付く気配に、ようやく夢ではなく現実だと目が覚める。

あぁ、キバ、帰ってきたんだ。


「キバ……」

「どうした?具合、悪いのか」


ベッドの脇で膝を付き、遠慮がちに顔を覗き込んできた。キバの大きな手が躊躇なく額に触れられる。きっと熱があると思ったんだろう。


「熱はねぇみたいだな」

「ワンワン!」

「赤丸、静かにしてろ。First name具合悪いんだ」

「くぅーん」


違うの。ごめんね、赤丸。


「いつからだ?ちゃんと飯食ってるか?母さんたちは知ってんのか?」


キバ、やだ。違うのに、ごめんなさい。


「キバぁ」

「どうした?」


私が求めるように手を伸ばせば、彼はその手をとり自分の首へと回した。まるで、彼に縋るような格好は鼻先が触れそうなぐらい近付く。


「どこ行ってたの?」

「はぁ?任務に決まってんだろう」


先まで優しい声だったのにキバが呆れたように言う。それだけの変化に私はいつの間にか募っていた不安と不平が溢れ出す。


「聞いてない」

「まさか遊びに行ってたとでも思ってたのかよ」


心外だとでも言うような彼は、近かった距離が少し離れた。


「だって何も言ってない」

「お前寝てただろうが。起こすの悪いと思ったんだよ」

「だったら書き置きぐらいしろよ」

「いつもんなことしてねぇだろ。てか、お前具合悪くねぇのかよ」

「こんなに長い任務なんて聞いてない」

「だから、チッ」


するりと腕が落ちた。


「命懸けで任務してんだ。長期予定じゃなくても何があるかわからない。それが忍だ。お前みたいにヘラヘラ皿運んでればすむ仕事じゃねぇんだよ!」

「ワン!」


キバが苛立ち怒鳴れば、それを咎めるように赤丸が間に入り私に背を向けて主に向かって吠えた。


「おい赤丸、なんでそっちの味方に……First name?」


ぼろぼろ零れるそれを止める術など何もない。苦しくて苦しくて苦しくて、いっそ酸素なんて消えてなくなってしまえば良いのに。

胸を締め付けるそれに私は自身の胸元を掻き締めた。

震える指先の振動なんてあなたきっと気付いていないでしょ?噛み締めた唇が何度あなたの名前を紡いだか知らないでしょ?


「おい……」

「さ、寂しかっただけなの。ごめん、なさい。ごめんなさい!おかえりも言えないで、お疲れ様も言えないで!自分のことしか考えられないで!でも、でも!寂しくて寂しくて、不安で!不安で、だって、いってらっしゃいも言えなかったから!なのに、そんな日に限って帰ってこないから、そんな日に限って、もし何かあったら。思ったら、後悔ばかりで、悔しくて、怖くて、不安で、寂しくて!ごめ、なさ……ッ!」


可愛くない自分がもう嫌だ。


「First name」

「ごめ、キバ、ごめんなさ……ッ、キバぁ」

「悪い、泣くなよ。ほら、ちゃんと帰ってきただろ?」

「ふっ、ひっく、き、キバ」

「ただいま、First name」

「お、おかえ、りなさ」


噛み付くような口付けに、もっともっともっと、どろどろのぐちゃぐちゃに愛されたくて、自ら彼の唇を首筋へと誘った。


「馬鹿野郎」

「あぁっ」


痛みが、もはや快感へと。それは麻薬みたいな気持ちよさ。

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