独占欲・3
俺は胡座を掻いた精霊の膝に載せられ、抱え込むように抱き締められた。
「ずいぶんとユミアに気に入られたようだな」
「そうですか?」
「ああ。可愛い部下だから大目にみたが、そう易々と触らせるな。不愉快だ」
双眸に宿るのは、嫉妬の炎。ああ、やばい。嬉しい。魔力に感情が乗ってしまう。でも、別に心中を読まれてもいいのか。別段、困ることもないし。
こんな俺がいいって言ってくれたんだから、ちょっとやそっとでは嫌われないはず。
「そういえば、ランウェルさんたちに名前で呼んで欲しいって言ったのに、“契約主”としか呼んでくれないんですよ」
名前はねー、とユミアさんも苦笑していた。呼びたくないわけではなさそうだ。おそらく、原因は目の前の契約精霊にあるはず。見上げれば、当然だと言わんばかりに鼻先で笑われてしまった。
「お前の名前は、俺だけのものだ」
その一言で納得する。ああ、そうか。だからランウェルさんたちは、俺だけでなく目の前の精霊のことも“殿下”としか呼ばなかったのか。
「じゃあ、あなたの名前も俺だけのものですか?」
「当然だ」
もちろん、目の前の精霊を独り占めにできるとは思っていない。
身分のありそうな精霊だし、契約したとはいえ、今回のように呼び出されることもあるだろう。でも、名前を呼んでいいのは俺だけだと言ってくれた。
そっと、宝物のような言葉を舌に載せる。
「デュラクル」
のどを振るわせ、俺の契約精霊が笑う。それはそれは、嬉しげに。
「……相変わらず、悪役っぽい笑い方ですね」
「知らん」
「ところで、“殿下”ってかなり高い身分の人に対する敬称ですよね。訊きたくないんですが、もしかして精霊王の親戚とかなんかですか?」
「弟だ」
まさかの親族きちゃったよ。いや、なんとなく予想してたけど。予想外の大物を釣り上げちゃったなぁ、と俺は他人事のように考えた。
だって、ねぇ。“俺”を必要としてくれるなら、なんだっていいもの。
「くくくっ。本当にお前は心地よい“感情”を返してくれる」
「……よくわかりません」
こんな“感情”のどこが魅力なのか。精霊の好みはよくわからない。
“デュラクル”の分厚すぎる胸板に体を寄せれば、人間なら聞こえて当然の心音がないことに気付く。精霊には心臓がない。不思議な感覚だ。
「とりあえず、服を脱げ」
「……この流れで、どうしてそうなるんですか」
「色っぽい意味じゃねぇよ。精霊界から薬を持ってきた。よく効くぞ」
どうやら、彼も俺の体に残った痣には気付いていたようだ。大人しく服を脱げば(どうせ拒否しても腕ずくで剥かれるし)、ただでさえ物騒な顔がより凶悪さを増す。
「報復なんて止めてくださいよ」
「あ゛?なんでだよ」
「別に、もうどうでもいいんで」
欲しいものを手にした今、それ以外は驚くほどどうでもよくなってしまった。それに、報復したことでデュラクルが悪しき様に言われるのは我慢できない。
デュラクルは溜息をついて、小さな容器から緑色のどろりとした液体を手に取った。……それ、本当に効くんだよね。
「これからは切り傷一つ負わせねぇ」
腫れて熱を持っていた肌に、ひんやりとした薬は心地よかった。
デュラクルは俺に痛みを与えないように、細心の注意を払いながら時間を掛けて薬を塗り広げていく。そのもどかしい手付きに、思わず笑い声が出た。
「おい、体を捩るな」
「だって、くすぐったい」
「今すぐ襲うぞ」
ぴたりと体を止めた。いや、そういう意味で見られてるなぁとは自覚してたけど、いざ口に出されるとなんというか……複雑だ。
だって、俺にそんな魅力があるとは思えない。魔力もそうだけど、こんな貧相な体にそういう魅力があるとはどうしても思えなかった。求めてもらえること自体は、嬉しいんだけどさ。
俺の反応をどう勘違いしたのか、デュラクルはまた低い笑い声を響かせた。
「冗談だ。さすがに怪我人を襲うほど非道じゃねぇよ。ただし、治ったら覚悟しとけよ」
なんだ冗談か、と思った直後に、また爆弾投下。治ったら食われるんですか。どう考えても俺が女性役だよなぁ。できれば、翌日が休みの時がいい。生まれたての子鹿みたいになる自信がある。
「“レイン”」
心地よい声が俺の名を呼ぶ。ああ、そうだ。親友にはこれから家名で呼んでほしいと頼まなきゃ。この名前は――俺のすべては、デュラクルのものだから。
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