迷った時は
ひさしぶりの我が家は実に落ち着く。愛用の丸形ベッドに寝そべって、獣型になっていた俺は尻尾を軽く振ってみせた。あー、この匂い。落ち着くわー。
騎士団対抗戦の個人戦は、団長さんの優勝で幕を閉じた。
あれから一ヶ月。俺はまだ団長さんに会えていない。優勝者ということで、団長さんは色々なところから引っ張りだこのため、なかなか体が空かない状態なのだ。もう少ししたらこの騒ぎも落ち着くだろうし、そしたら、また団長さんは毎日のように会いにきてくれるだろう。だから、いましばらくの我慢なのである。
「んー、そういえば団長さんだけじゃなく、ほかの団長さんたちも遊びに来てないよね……?」
天井にむかって、ぽつりとつぶやく。室内には俺だけしかいないので、その独り言は妙に大きく響いた。
ブラウ兄ちゃんは庭で使用人さんたちと高く飛ぶ訓練をしていて、フェル兄ちゃんはたぶんどっかでお昼寝中。そして、ペレル兄ちゃんはいつものように図書室にこもっているのだろう。
「みんな忙しいのかなぁ」
全員団長さんだしね。むしろ、いままでの訪問頻度がおかしかったのだ。そういえば、父ちゃんもあれから一度も家に帰ってきていない。息子欠乏症で泣いてないといいけど。
「――ヴァイス」
扉が開いて室内に入ってきたのは、ペレル兄ちゃんだった。人型を取っていた兄ちゃんは、少し疲れた様子で仰向けになっていた俺の腹に顔をうずめた。
「どうしたの?本の読みすぎ?」
「……わかりません。ただ、妙な焦りを感じるんです。なにか、とても大事なことを忘れているような……」
「家に帰ってきてからだよね?」
いつもというわけではなさそうなのだが、ふとした拍子にペレル兄ちゃんはその“焦り”とやらを感じるようだ。
その度に俺や兄ちゃんたちにくっついている。母ちゃんにも相談したけど、病気ではないのだからと様子見するように言われてしまった。
「おーい、天気がいいから庭で遊ぼうぜー」
続いて、今度はブラウ兄ちゃんの声がした。顔をあげれば、ブラウ兄ちゃんが、眠たげに目を擦るフェル兄ちゃんの手を引くようにして部屋に入ってくるところだった。
「なんだ、ペレルはまたなのか?」
「……大丈夫、ペレル?」
ブラウ兄ちゃんたちも寄り添うように、ペレル兄ちゃんの両脇に座った。こんな時こそ、シルトパットさんがペレル兄ちゃんのそばにいてくれたらいいのに。
ペレル兄ちゃんが落ち込んでるよって連絡すれば、あの自慢の脚力で駆けて来そうなものなんだけどね。
「わかった。長のじい様のとこに行ってみようぜ」
「じいちゃんのところに?」
「じい様だったら、なんかわかるかもしれないだろ」
最近は使用人さんたちが同行するのであれば、邑限定だけど自由に外出できるようにもなった。じいちゃんに会いに行きたいと言えば、普通に許可してもらえるだろう。でも、じいちゃんに相談してどうにかなるものなのかな。
「……俺も賛成。気分転換にもなると思う」
フェル兄ちゃんの眠たそうな目は、ペレル兄ちゃんだけでなく俺にもむけられていた。団長さんに会えなくて腐っていたのがバレバレですね。
「よーし、じゃあ、じいちゃんのとこに行こう!」
人型に戻って、それから着替えして、あ、ついでにちょうどお昼だから、じいちゃんのところでご飯を食べられるようにお弁当を作ってもらおう。
じいちゃんに相談しても解決しなかったら、父ちゃん……は心配のあまり倒れちゃったら大変だから、団長さん宛にシルトパットさんを連れてきてって手紙でお願いしてみよう。
少しずつ文字も習っているから、簡単な文面なら書けるはずだ。あと、俺もちょっと、団長さんに会いたいなって書いちゃおうかな。ふふふ。
「……そうですね。精神的なものが原因なのなら、長様に相談するのもいいかもしれません」
そこでふと、ペレル兄ちゃんはなにかに気づいたように顔を顰めた。
「どうしたの?」
「いえ……。病気ではありませんが、僕の様子がおかしいことは屋敷の者たちなら誰もが知っていますよね。なのに、なぜ誰も長様に相談してみては、と勧めてくれなかったのでしょうか?」
「言われてみれば……」
「僕の不調を相談しにいくのではなく、王都での対抗試合のことを長様に話しに行く、という名目で訪ねることにしたほうがいいかもしれません」
僕の取り越し苦労ならそれでいいのですが、とペレル兄ちゃんはつけくわえた。
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